お腹空いたでしょ、何か食べに行く?そんな風にさりげなく言ってみるとひたすら撃ちっぱなした銃の手入れをしていたバダップちゃんはは、と素っ頓狂な声を上げた。あら珍しい。

「先輩、夕食は食堂で――」
「いいの」

全寮制のこの学園は基本的に朝夕の食事は食堂で全員一斉に取ることになっている。真面目なバダップちゃんはそれを律儀にも守ろうとしているのだ。偉い。

「しかし、外出届を申請していません」
「だからいいの。ん、早く支度して」

優秀なバダップちゃんは提督のお気に入りなんだから何やってもお咎め無しだし、私だって三年生の女子では優秀な部類に入る(教官談)。だからこうやって優秀な二人が射撃特訓を行っているんだ。私には元来「成績と結果さえよければ何をやっても構わない」というおかしな考えが染み着いていた。自分でも恥ずべき考えなのは、わかっている。

バダップちゃんは幾分考えていた様子だったがすぐ「はい」と返事をすると銃を倉庫に運び出す作業に入った。私は油の染み込んだ布で銃身を磨く。その度に銃は鈍い光を放つ。



「おいで」

出た先は繁華街だった。色とりどりのネオンが眩しい。油とアルコールと砂埃のにおいが王牙学園の生徒にはそぐなわない。ふとバダップちゃんを見ると明らかに眉間に皺を寄せて馬鹿笑いする酔っぱらい達を凝視していた。こんな人間がこの国を駄目にしているのだと蔑んでいるのかはたまた名家育ちのバダップちゃんからすると信じられない下賤な光景なのか。「気にしないで」という意味も含め、なんとなくバダップちゃんの手を取ってみる。バダップちゃんは僅かに身体を強張らせたがすぐにしっとりと手を握り返した。さっきまで銃を抱えていた手付きとは到底思えなかった。



何食べたい、と聞いてもバダップちゃんは名字先輩の好きなものをしか答えなかったので、じゃあ中華料理でということになった。中華料理は好きだ。量は多いしそれなりに安価だし、野菜も肉も採れる。疲れた後にはもってこいだ。しかし上品なバダップちゃんはフレンチやイタリアンの方が好みだったかもしれない、と猥雑な中華料理店の座敷に座り込んだ時にふと思った。私とは育ちが違うのだ。


私が適当に料理を注文した後、バダップちゃんは慣れない空間に些か落ち着かない様子だったが、にやにやとした私の視線に気づくと背筋を伸ばし顔を引き締めた。そんなに固くならなくてもいいのにね。そんな生真面目さがあったからこそ今までやってこれたのかもしれない。窓の外をぼんやりと眺めると明るく賑やかな店内とは対称に悲しげな濃紺の夜が広がっていた。星なんて一つも顔を見せていない。明日は雨だろうか。


熱気の籠る店内で薄いタンクトップ一枚になった私と姿勢良く正座しているバダップちゃん。ひたすら無言だ。バダップちゃんは真っ直ぐに私を見つめているし、私は私でバダップちゃんの喉のあたりをじっと見据える。しばらくすると威勢の良い店員が料理を運び、回転卓に並べた。酢豚、餃子、麻婆豆腐、八宝菜、炒飯、湯気の立つ色とりどりの料理が並べられる。


「バダップちゃんは回転卓知ってる?」
「起源やマナーならある程度。実物は…初めてです」
「そっか。社会勉強社会勉強」

箸をすすめながら他愛も無い話をぽつぽつと繰り出す。この前の訓練はどうのこうの、あの教官はああだこうだ。気を抜くと議論になりそうだったから所々冗談も交えてみた。バダップちゃんも初めての中華料理店にだんだんと慣れてきた様で嬉しかった。


バダップちゃんはよく食べた。流石軍人、一体その細っこい身体のどこに食材が入るのか見当もつかなかった。まあ私も食欲は旺盛な方だが。――またもやじっと見すぎていたらしい。私の視線に気づいたバダップちゃんは気恥ずかしそうに口元をおしぼりで押さえた。

「すみません、その、がっついてしまって」
「いいから、バダップちゃん。私もまだまだ足りないし、どんどん食べようね」
「…女性の前で沢山食べる男は軽蔑されませんか」
「ないね。むしろ私、バダップちゃんと一緒なら何もかも美味しい」

ちょっと言い過ぎちゃったかな。バダップちゃんは薄い唇を僅かに開くと目を游がせた。可愛い。言葉に詰まったバダップちゃんは静かに箸を置いて崩れかけていた正座を整えた。少しは年上らしくしようと私もそれに倣う。暫しの沈黙。破ったのは私だった。というか、勝手に口が動いた。


「ごめんなさい、突然連れ出しちゃって。…言い訳がましいけど、バダップちゃん最近元気なかったから」
「いえ」
「…お節介かもしれないけど、お友達も呼んだ方が良かったかな?ほら、あの女の子みたいな子とか、口の達者な子とか」
「とんでもない」

バダップちゃんと私の視線が交わる。淡々と答えるバダップちゃん。光の宿らない目からは彼の本心は見えなかった。いや、本心を悟られないようにしているのかもしれない。


「寂しい?バダップちゃん」

何を思ってそんなことを聞いたのだろう。そんなこと聞いたところで何になるというのだ。しかし、勝手な見解だが、私にはバダップちゃんがとても寂しそうに見えた。繁華街のネオンの色も火薬と機械以外の匂いも、味付けの濃い無骨な料理の味も知らないバダップちゃんがひどく寂しそうだった。店員の張り上げる声や酔っぱらいの笑い声がこだまする店内の中、私とバダップちゃんの座敷だけが静かな空気に満ちていた。「ねえ、バダップちゃん」もう一度だけ、バダップちゃんの微かに憂いを含んだ瞳を見据える。彼は一瞬躊躇ったがはっきりと言った。
「あなたがいますので」
バダップちゃんはそれだけ言うと穏やかに目を細めた。

110711


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