夕ご飯どうしよっか、そう呟いた名前はベッドの上で足をぱたぱたさせた。そうか、もうそんな時間か。ちらりと窓に目をやると、眩しい橙色の空が四角に切り取られていた。

「私、その辺で食べてくるけど。ヒロトはどうする?」
「じゃあ俺も一緒に行くよ」

わかったと言わんばかりに名前はベッドから飛び降りると、バッグやら財布やらをかき集め始めた。その後申し訳程度の手鏡を覗き込み、髪を適当にとかして終わり。女の子にしてはいやにシンプルな身支度だなと思う。最後に薄っぺらな上着をはおり、ぼんやりと床に座り込んでいる俺に手招きした。

「行こう、ヒロト」


ごちゃごちゃとしたリビングの食卓の上には二枚の千円札がぽつんと置かれていた。――今日もなんだ。両親が共働きの名前は、夕食は大抵外食かインスタント、スーパーやコンビニの弁当である。俺も何度か彼女の「夕食」に付き合っていた。それは名前に対する興味でもあったし、一種の哀れみでもある。まあ俺が偉そうに言えたもんじゃないが。名前はなけなしのお金を乱雑に財布に捩じ込むと、行くよと玄関に向かった。

「今日は何を食べるんだい?」
「ヒロトの好きなのがいい」
「名前が食べたいものにするべきだと思うな」


夕方の電車は混雑するからと、いつも名前と俺は徒歩でスーパーなりラーメン屋なりに行く。ファミレスは子供二人だと浮いてしまうので行かないようにしていた。ゆっくりゆっくりと夕焼け空が、暗く冷たい夜の空に食べられていく。

「…なんでもいいや。ヒロトが決めてよ」
「そっか」

すれ違う人、人、人。早足のサラリーマンや高い声できゃっきゃと笑い合う女子高生、器用に携帯をいじりながら歩く青年。きっとそれぞれの家庭があって人生があって、物語がある。肩を並べて歩く俺と名前にも、それぞれの物語があるのだろうか。ちらりと名前を横目で見る。よくわからなかった。

サッカーのことやテレビ番組のこと、他愛ない話を繰り返し、二十分ほど歩くといつもの繁華街に出た。賑やかで猥雑な繁華街が、俺と名前の「食卓」だった。

「ヒロト、ハンバーガー食べたい」
「あれ、ファストフードはもう飽きたって言ってなかった?」
「ううん、やっぱり私はハンバーガーとかポテトが一番美味しいと思う…」


行きつけのファストフード店は周りの店同様人が溢れ返り賑わっていた。二人して無言で列に並び突っ立つ。やけに周りの人の声が大きく聞こえる。列がなかなか進まない。

「―――最後にさ、お母さんの手料理食べたの、小四の頃なんだよね」

突然沈黙を破るかのように、ぽつりと名前が言った。「もう味は覚えてないや。カップラーメンとか菓子パンの味に慣れちゃった」

声に抑揚がない。名前の瞳がぐらりぐらりと揺れた。どう声をかけようか迷っていると、ぐい、と肩に心地よい重みがかかった。柔らかい名前の髪と浅い吐息。一瞬ためらうも思わず彼女の痩せた肩に腕をまわす。

「なら、今度俺が作るよ」
「…なにを?」
「料理。ねえ名前、なにを食べたい?」
「…カレー、ハンバーグ、オムライス、あと野菜炒め…」
「よし、名前が食べたいの、全部作ってあげるよ」

今度はもう興味でも哀れみでもなかった。

110315


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