なんかさ、昼間からこうやってぶらぶらするのって、まさに青春!ってかんじがするよね。そう言って京介くんの方を見たら、京介くんは「あっそ」と言いながら私の手の中にあったフルーツオレのパックをするりと抜き取った。じゅるるるる。小気味良い音と共にフルーツオレは京介くんの喉を通っていく。それを横目で見ながら赤信号で立ち止まる私達。 「あーあー。まだ半分も飲んでなかったんだけどな」 「別にいいだろ、喉渇いてたんだ」 今日は土曜日で半日授業な上に、剣城くんはいつもはある部活が珍しくないらしい。外はあたたかい陽気できらきらしていて、まさにおでかけ日和ってやつだ。なので私と京介くんは、放課後、こうやって当ても無く街を歩いている。久々に二人ででかけられて、なんだか嬉しいなんていうのは、京介くんには内緒。 「どこか行く?」 「どこでも」 「えー…そんな、迷うよ。それじゃあ、」 「だから、どこでもっつってんだよ」 どこでも?私は無意識に足を止めてしまう。京介くんは京介くんで、パックを私に押し付けると「おら行くぞ」としゃきしゃきと先に歩いていった。 「わわ、ちょっと待ってよ」 鞄を肩に引っ掛け直して、小走りで後をを着いて行く。どこでもって、どういうことだろう。もっと問い詰めてみようかななんて思ったけれど、京介くんに任せるのは面白そうなので黙っておくことにする。ちょっとわくわくしながら、私は京介くんの鼻筋の通った横顔をちらちらと眺めながら歩いた。京介くんは古典的なズボンのポケットに手を突っ込んだまま歩く。手に持ったフルーツオレのパックは、先程より大分軽くなっていたような気がする。 しばらくしてたどり着いた先は、稲妻町一大きい映画館だった。どこか遠いところか変わったところにでも行くのかと思っていた私は、わりと身近な場所になんだか拍子抜けしてしまう。 「映画見たかったの?」 土曜日なだけあってチケット売り場は混んでいた。京介くんは相変わらずポケットに手を突っ込んだままで、私は彼の顔を覗き込んで聞いてみた。ん、と生返事を返された。私も、ふーんとだけ言っておく。 「あ、アレ観たいなあ」 「ガキ向けだろ」 「つい最近までランドセル背負ってたくせに」 「お前もな」 結局、テレビで予告がやっていたような気がする近未来アクション系の洋画にすることにした。チケット代を払おうとしたら京介くんに先を越されてしまう。「自分の分くらいは払うよ」と言っても無視された。なんだかんだで優しいんだな、って思ってしまう。 ――肝心の映画はと言うと。正直言ってつまらなかった。洋画はわりと観るけれど、ありがちなパターンだった。平和な街に未知の敵がやってきて、主人公は知恵と勇気で戦って、なんだかんだで敵を倒して主人公とヒロインが結ばれておしまい。淡々とスクリーンに流れる映像を眺める私。上映中、京介くんはずっと腕組みをして前を見据えていた。 上映が終わり、映画館から出て伸びをする。暗いところにいた分外の景色がやたら眩しく思えた。 「面白かった?」 「別に。ふつう」 「アニメ映画のほうがよかったかもね」 苦笑しながら言うと、「だからいくつだよ」と額を人差し指でつっつかれた。 「次行くぞ」 休む間もなく京介くんはまた歩き始める。なんだか今日の京介くん、やたらと動くなあなんて呑気に思いながら私は彼を追いかけた。 その後は、ひたすら街を歩いてひたすら寄り道をした。女の子で溢れかえってるアイスクリーム屋さん。京介くんは「アイスは何が好きだ」と聞いたので反射的にバニラと答えたら、突っ立っている私を置いてさっさとアイスクリームを買ってきてしまった。チョコレートアイスを黙って食べ進める京介くんを見て、やっぱり今日の京介くんはなんだか違う、と思った。そのあと本屋でサッカー雑誌を立ち読みして、どのチームのどの選手がどうのと話したりもした。映画よりずっと楽しかった。サッカーの話をする京介くんの表情は、ほんの僅かだけいつもの威圧的な影が消える。周りはわからないだろうけど、私はなんとなくわかっているつもりだ。ゲームセンターにも行った。京介くんはゲームセンターに来ると、服装が服装なせいですごく様になる。 「あ、プリクラ撮ろう」 「俺パス」 「よし、どの機種にしようか」 「聞けよ」 カメラに向かい眉間に皺を寄せた京介くんと、その横でへらりと笑う私。最近のカップルみたいに、べたべたしながら撮るのではないけれど、それが私たちのスタイルだから満足。落書きはいつも私が好き勝手描いているけども、今日は何故か京介くんも描いていた。描いていたというか、適当にスタンプを押しているだけみたいだったけれど。 日も大分傾いてきた頃。なんだか、たった半日で随分いろんなことをしたな、という気分だった。瞼が重い。それを察したのか京介くんは、「もう帰るか」とぽつりと言った。 肩を並べて河川敷を歩く。遠くで沈む夕陽。オレンジの光を反射してきらめく川。夢の中にいるみたいだった。ゆっくりゆっくり。京介くんは、私の歩幅に合わせてくれている。歩きながら京介くんは口を開いた。 「どうだった」 「…何が」 「今日」 今日、つまりさっきまでか。ふむ。私は先程までの出来事をぼんやりと思い返す。たった半日なのに、とても長い間の出来事のように思えた。 「映画は微妙、かも。でも、アイス、おいしかったな。ゲーセンは久しぶりだった」 正直な感想を言う。京介くんはうんと小さく言いながら聞いてくれていた。二人分の影が、夕陽に染まったコンクリートに伸びている。 「名前」 「ん?」 「青春はできたか?」 「……」 数秒の沈黙。京介くんが珍しく私を連れ回した意味が、なんとなくわかったような気がした。 「青春、というか」 「……」 「しあわせ」 そうだ、しあわせだ。ひたすら歩いて寄り道しただけなのに、京介くんと過ごしたのはただただ満ち足りた時間だった。胸の底から、なんだか込み上げてくるものがある。 「そうか」 京介くんは、ゆっくりとポケットから手を出す。私はその手を握る。一瞬戸惑ったようにぴくりと動いた京介くんの掌だったけれどすぐに握り返してきてくれた。もうこの手を離さない。 20120305 BGM:シャングリラ/チャットモンチー |