「あ、雪…」

そう呟いて名前ちゃんが目をやる窓の外には、ちらちらと雪が舞っていた。世間はクリスマス・イブで、街はすっかりイルミネーションでいっぱいだよ、と名前ちゃんは教えてくれる。検査のため通る小児科病棟も手書きのサンタクロースのイラストや小さなクリスマスツリーが飾られてあり、この病院で幾度となく過ごしたクリスマスがまたやって来たことを告げる。いつもクリスマス・イブは京介と名前ちゃんと過ごしていたのだけれど、今日は京介はサッカー部のクリスマスパーティーらしい。京介は申し訳なさそうに謝ったが、そんなふうに京介を迎え入れてくれる仲間が彼に出来たことが俺は嬉しかった。名前ちゃんも、楽しんできてね京介くんと笑っていた。京介がいないのは寂しいけれど、名前ちゃんと二人きりになれてよかった、とも思う。

名前ちゃんは「雪、積もるといいのになあ」と夢見るように言った。

「この辺じゃ、あまり積もるって聞かないね」
「そうなんだよね。私も一度くらい真っ白な雪景色を見たいな」

テレビではリポーターがキラキラと眩しく輝くイルミネーションを背景に、カップル達にインタビューしていた。どの男女もとても幸せそうで、俺は名前ちゃんはお互いに顔を見合せて微笑する。…俺も名前ちゃんと、こんな風に手を繋いで出掛けたかったな。

『では、彼女さんに何かプレゼントはあげたんですか?』
『さっき二人でお店に行って、バッグを買ってきました。ね』

にこにこと笑い合うカップル。クリスマスにあげるプレゼントの特集らしく、リポーターは次々とカップルや家族連れにインタビューしていった。

「小さい頃のクリスマスの朝は、起きると枕元に絵本やぬいぐるみがあったんだけどなあ」
「そういえば昔、大きなクマを抱いてうちまで走ってきたことがあったな。あの時は俺も京介もほんとにびっくりしたよ」
「なんたってパジャマだったからね」

二人してふふふと笑った。懐かしい思い出がふつふつと蘇ってくる。まだ俺の足が動いていた頃だ。寒い寒い朝、名前ちゃんがパジャマ姿のままうちの戸を叩いた。その腕には名前ちゃんの身体の半分はあるだろう大きなクマのぬいぐるみが抱かれていて、京介くん優一くんみてみて!と満面の笑顔でクマを抱きしめていた。ばかやろー風邪引くぞと京介が大人ぶりつつも、クマを抱きたそうにしてたのは忘れられない。

「よほど嬉しかったんだね、名前ちゃん」

小さい頃、クマのぬいぐるみを抱きしめ喜んだ名前ちゃん。そんな名前ちゃんはもうすっかり大きくなって中学に通っている。もう子どもじゃない、今の名前ちゃんが欲しがるものの見当がつかなくなった。もし名前ちゃんの欲しいものがわかっていても、今の俺にはそれをあげることが出来ない。無力だった。

テレビの中のリポーターがよいクリスマスをと締めくくると同時に、リモコンを手に電源を落とした。小さな部屋が一気に静まりかえる。

「名前ちゃん」

ぼんやりと窓辺を見つめていた名前ちゃんが、はっと首をこちらにもどした。

「優一さん?」
「ごめんね、名前ちゃん。何もあげられないし、出掛けることもできなくて。いつかきっと、名前ちゃんに何かプレゼントするからね」

そう言った俺の手を、小さく首を振った名前ちゃんはそっと取った。

「そんなのいらない。私、優一さんと一緒にいるだけでいい…」

安っぽいマンガみたいだけど、そうしか言えないよと微笑んだ名前ちゃんの手はあたたかかった。ちゃんとした人のぬくもり。真っ白で無機質で潔癖な病室にも、「人間」を感じることができた。そっと手のひらに力をこめ、繋ぐ。名前ちゃんの白い手は指先までしなやかだった。

ふと、ちょっとした考えが頭をよぎる。なんだか抽象的な気もしたけれど、気持ちは本物だし俺にはそれくらいしかできることはなかった。それは日頃の名前ちゃんへの感謝と同時に俺の独占欲でもあったのかもしれない。名前ちゃん、と呼ぶと、俯いてしまっていた名前ちゃんはゆっくりと顔を上げた。

「物はあげられないけれど、俺の名字をあげる」

一瞬理解出来なかったのだろう名前ちゃんは、その意味に気づくとはっと目を丸くした。程なくしてその大きくてよどみの無い瞳が揺れる。よろりと錆びたパイプ椅子から立ち上がった名前ちゃんは、俺の首筋に顔を埋め泣いた。ありがとう、ありがとうと繰り返す名前ちゃんが俺はいとおしくて、彼女の柔らかい髪を撫で続ける。はらはらと零れるあたたかい涙が雪に似ているなと思った。


20111226
クリスマスに間に合いませんでしたジーザス…


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