(春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、すこしあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。)


うららかな陽射しが降り注ぐ春の午後。校庭をぐるりと取り囲むように植わった桜からは、ちらちらと花びらが舞い落ちる。実に風流で優雅だ。一年のうちのほんの僅かの時間しか見られない。桜というものはその儚さが美しい。
そんなことをぼんやり考えながら他の部員達より一足早くグラウンドに出ると、小さな人影がひとつ。名前がせっせとボールの積まれた大きなカゴを引っ張っていた。

「名前」

驚かせないようにそっと名前に近づく。名前はきょとんとしながら一瞬手を止めると、顔をほころばせた。

「司くん」
「俺がやる」
「いいえ、もう終わりますから」

名前は微笑しながらジャージの上着の裾を握る。その白くほっそりとした指は、少し握っただけで折れてしまいそうである。

「他の皆さんは?」
「一年生達が慣れてないからな。まだ着替えてるのだろう」
「一年生。みずみずしい響きですね」


穏やかな風が吹き抜け、名前の髪を柔らかく揺らした。校庭の桜がまた、風に乗って吹雪になる。舞い上がる砂の匂いやあたたかい陽の匂い、春の匂いが心地好い。

「桜ですねぇ」
「桜だな」
「桜は可愛らしくて好きですけど、司くんと見るのはなんだか複雑です」
「…どうしてだ」

名前はちらりと辺りを見渡すと、そっと遠慮がちに俺の耳元に唇を寄せた。

「だって、二人きりなのになんだかいろんな人に見られてるみたいですもの」

名前のはにかんだ顔。薄い頬は淡い桜色に色づき、思わず触れてみたくなるみずみずしさを含んでいる。感受性豊かな名前。そこらの桜よりずっと可愛らしさに溢れている。

「名前、」

ゆっくりと名前の頬に手を伸ばした瞬間、他の部員達がグラウンドにわらわらと集まってきた。慌てて手を引っ込めてしまうと、名前はくすくすと口元を抑える。

「練習が終わったら存分に触らせてあげますよ」

春の陽気のようにあたたかい笑顔だった。練習が終わるのが待ち遠しくなってしまうのは、仕方がない。


111015

兵頭さんと四季を謳歌する


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