ロミオとジュリエットは、お互いの家が敵同士なのにも関わらず恋に落ちました。その恋は誰よりも熱くて強くて、美しいものであります。そんな恋のお話を思い出す度にどうしようもなくときめいてしまい、憧れを抱いてしまいます。でも今ばかりはそんな二人がとても羨ましく、それが私と御門先輩だったならどんなによかっただろうと悲しくなります。


結局サッカー棟から飛び出したあの日、練習へは行きませんでした。それからというもの御門先輩に会うのがなんだか気まずく、どうしても避けてしまうようになりました。一番御門先輩に近づけていた休憩時間も、出来るだけ他の人達にタオルやドリンクを渡すようになってしまったのです。…御門先輩と直接的に何かあったわけではありません。ただ、あんな話を知ってしまい自分の中でどうしていいのかわからないのです。気まずい、とも言えるかもしれません。



そんな風に御門先輩の顔をまともに見れない毎日が続いたある日。私達一年生のマネージャーはサッカーボールの点検の当番でした。練習後、談笑しながらボールを磨いたり空気を入れたりします。ここ最近サッカー部へ行くのがなんだか心苦しかったけれど、こうしてみんなでなにかをすると気も紛れてしまいます。


ふいに「名字」と呼ばれました。どきり。途端にみんなの会話が止み、手にしていたボールが思わず滑り落ちます。さあっと血の気が失せた顔で振り向くと、制服姿の御門先輩が立っていました。

「来てくれないか。話がしたい」






帝国学園の広い中庭に、私と御門先輩だけが二人。ここに連れてくるまでの御門先輩の表情は見えなくて、というか見たくなくて、私はずっと俯いていました。日が傾いて薄暗いからと理由をこじつけてみるも、緊張のあまり脚が震えます。御門先輩に何か言われるのかと不安な気持ちもあるし、こんな形であろうとも御門先輩と二人きりなのは変わらないのもあります。…これはまだ、私が御門先輩のことが好きな証拠なのでしょうか。
しばらくの沈黙の後、御門先輩が「あー」と口を開きました。また、どきり。

「なんていうか、その」
「……」
「単刀直入になるが」
「…はい」

御門先輩らしくない歯切れの悪い言い方。ちらりと御門先輩を見上げると、その言葉とは対照的に真っ直ぐな瞳で私を射抜いていました。ああ、これが御門先輩だったな、なんて他人事のように感じている自分がいます。

「最近の名字は名字じゃないみたいだなあ、とか」
「…そんなこと、」
「いや、俺が勝手に思ってるだけであってだな。その、まあ…あまり名字から話しかけてくれなくなったというか」

…やっぱり気付かれてたみたいです。御門先輩のせいじゃない、なんてどうやって伝えればいいのか混乱する頭でぐるぐる考えていると、御門先輩がゆっくりと言葉を放ちました。

「名字には、話しておきたいことがあるんだ」
「なんとなく、わかります」
「…知ってたのか」
「…シードでしょう」
「ご名答だ」

御門先輩は困ったように小さく笑いました。その乾いた笑いを見るとじわじわと目の裏が熱くなってきます。なんで、なんで。口が勝手に動きます。

「御門先輩がシードって知ったから私が引いたと思いましたか?」
「思ったさ。でも名字には嫌われたくないとも思った。だからずっと黙っていた」
「き、嫌いません。むしろ好きです。…好きなんです」

あっさりしたものでした。私はごめんなさい、と付け足すと涙と羞恥を堪えながら上着の裾を握り締めました。御門先輩はあやすようにうんうんと頷くと、ほんの僅かに目を細めながら言います。

「俺もなあ、名字がいつも話しかけてきてくれて嬉しかった。他のマネージャーと話す時と違うなあ、と思った」
「…はい」
「俺がもしシードと知ったら嫌われるかもしれない、って考えてた」
「…はい」
「好きなんだと思う、名字のこと。でも、俺はそういうのは許してもらえない立場なんだ」

かっと頭が熱くなります。歪む視界、熱を帯びていく頬。嬉しいのか悲しいのか悔しいのかよくわからない感情。

「俺たち、どうすればいいんだろな」


ロミオとジュリエットは恋のお話であると同時に、悲劇でもあります。ジュリエットが死んだと思い込んだロミオは毒を飲んで死に、その死を知ったジュリエットも彼の後を追い命を絶つ。…本当のことを言うと、私だってお話の中みたいな恋をしたかった。そうじゃなくてもせめて普通の女の子みたいな、小さくとも幸せな恋をしたかった。御門先輩と手だって繋ぎたかったしその腕に抱かれたかった、それ以上も期待していた。「泣くなよ、名字」夕陽の沈みきった暗い空を背に立つ御門先輩を見つめる私の目から溢れたのは、ただ一滴の涙でした。


111031

少し加筆修正しました


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