年上に気に入られると、まあ大抵の場合ロクなことがない。それはその年上がろくでもない奴である場合であって、まともな相手ならば別になんら問題はないというわけで。つまり、チンピラ染みた年上ややたら馴れ馴れしい年上に気に入られたならばそれは面倒な話であるということだ。
…以上、俺の経験に基づいて冷静に分析した結果。その栄えある七面倒くさい経験を作ってくれたのが、名字先輩様々なのだ。




「あ、倉間くん。これから練習かな?」

放課後の昇降口。速水を待ちながら浜野と数学のテストの出来を話していたら、名字先輩とばったり出会った。反射的にげっ、と引き下がってしまう。…偶然にも俺と出会ったことが嬉しいのか名字先輩の目はきらきらしている。
三国先輩や車田先輩の同級生ということで知り合ったのだがまあこの人がどこまでも面倒な人であってだな。

「ちわっす名字先輩ー」
「あは、浜野君。こんにちは」

じろりと名字先輩を見る俺とは対称に、浜野はいつもの人の良さそうな笑顔を彼女に向ける。うわ、なんだろうムカつく。
二言三言交わした後、名字先輩がそういえば、と漏らした。

「浜野君知ってる?私この前倉間君とデートしたんだよ」

いいでしょと名字先輩は満面の笑み。な、なんだそれ、そんなのした覚えねえぞ!浜野はおおーと感嘆の声をあげている。何勘違いしてんだよ!

「そっ、そんなのしてねえからな!たまたま本屋で出会って、それで」
「“ちゅー”は!ちゅーはしたのか!」
「だーかーら!そんなんじゃねえ!」

やべえ、これ。ちゅ、ちゅーなんて、浜野は正気か?慌てて弁解するも浜野はさすがっすね名字先輩!と笑い名字先輩もまんざらでもなさそうな顔をしている。…おいおい冗談はよせよ。

「でも倉間君、あのあとCDショップにも一緒に行ってくれたよね。…ということは絶対デートだね!」
「あ、あれは欲しいCDがあったからです!ついでに行っただけなんで!」
「ん、そうなの?ふふふ」

名字先輩は独特な笑いと共に口元にいたずらっぽい弧を描いて、俺の頭をかしかしと撫でた。あれ、なんかちょっとどきっとして…ねえからな!断じて!

「倉間ずりぃー。俺も名字先輩に撫でられたいなあ」
「倉間君はねー。寂しがり屋さんだから、いつもこうしてあげないと駄目なの」

物凄く頭の悪いことを言い放ちながら、俺の目を覗き込んで特別ね?と笑う。…な、なんだ今の。
なんて言ってやろうか言葉に迷っていると、速水が申し訳なさそうに謝りながら小走りに来た。そして名字先輩を見るなり慌てて頭を下げる。

「あ、こ、こんにちは名字先輩、」
「速水君!久しぶりだね。…あーそうだ、これから練習なんだっけ」

名字先輩はにっこり笑いながら続ける。

「倉間君、生意気だしわがままさんだし時々意地悪だけど、私はすごく好きなんだよ」

またどきり、とする。浜野がにやにやして、速水が赤面しながらあわあわと口ごもっている。こいつら一体何考えてんだよ!あ、あれだ、その、loveじゃなくてlikeってやつだよ、きっと。そうに違いない。

「じゃあ私、もう帰るね。みんな練習頑張ってね」

くるりと軽やかに踵を返した名字先輩。その後ろ姿を見つめながら三人三様の反応をしている俺達。
一瞬ぽかんとしていたが我にかえり、早く練習して忘れちまおうと思った矢先。思い出した様に突然立ち止まった名字先輩が振り返った。思わず心臓が跳ねる。


「言い忘れたけど倉間君、靴紐ほどけちゃってる」


ふふふと愉快そうに笑うと名字先輩はすたすたと歩いていった。足元に視線を落とすと、確かに右足の靴紐がぐしゃりとほどけている。…なるほど。

「なんだかんだでほんとよく見てるよなあ、名字先輩」

浜野がそう感心し、速水が小さく頷く隣で俺は「そうだな」と一言だけ呟き靴紐を結んだ。…悔しいけれど、なんとなく口元が緩んでいるのが自分でもわかる。


110824
あいつはあいつはかわいい年下の男の子!


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