令和、藤の店にて

「兄さん、次の対局いつ?」

「明後日。お前は明日の対局終わったらしばらく休みか?」

「そうだよ、遠方だから朝早いんだ。一泊して帰る。」

「そっか、気を付けて行けよ。」

「うん、兄さんも。」

プロデビューしてから5年、時透兄弟は周囲の期待通り飛ぶ鳥を落とす勢いで快進撃を続けていた。共にタイトル戦優勝、そして2冠達成を目前に控え日々メディアの取材も増える一方であった。
有一郎は明日の準備に勤しむ弟の姿を見ながら、5年前のある噂を思い出していた。
まだ中学生だった頃、とある高等部の教師が学園を去り、原因は無一郎とその教師が関係を持っているという噂。明るみに出ることはなかったが、無一郎の打ちひしがれた姿が噂を助長した。無一郎は家でも自室に籠りきりになったが、しばらく時が経つと、それまでとは打って変わり真剣な表情でプロと学業の両立を宣言した。

(あいつ、あの頃から変わったよな…。)

いつも末っ子の如く兄に頼り切っていた弟は同じ有名大学に進学し、メディアの取材もそつなく熟す立派な大人に成長していた。



翌日無一郎は試合を終え、夕方の商店街を歩いていた。平日ということもあり、人でに賑わう商店街の片隅に、ひっそりとたたずむ小料理屋「藤」の前で立ち止まり、深く深呼吸をして引き戸を開けた。

店の中は小ぎれいでこじんまりとした、常連好みの内装だ。開店して日が浅いのか全体的に新しい店の匂いがした。カウンターの上にはかつて自分のものであった、霞柱の鍔が額に入れて飾られている。小さなカウンターの向こうから人の足音がし、自分よりも少し小柄な女性が奥の暖簾を上げ声をかける。

「すみません、まだ準備中なんです。あと30分ほどしたら―」

懐かしい声に緊張が緩み、自然に笑みがこぼれる。
声の主は無一郎の顔を見つめ、言葉を失う。

「久しぶり、名前先生。」

「時透君…何で…。」

「吃驚した?」

「どうやってここが…?」

「美味しそうな大根の匂いがしたから。そんなことより…。」


「名前」

そう言いながら、無一郎は名前の手をぎゅっと包み込む。
名前は無一郎の淡い浅葱色の瞳から目を逸らすが、無一郎はそれを赦さなかった。

「名前、僕のことよく見て。5年前より身体も成長したし、年だってようやく成人になれた。教師と生徒でもなくなったんだから、いい加減観念してよ。」
「あの後僕なりに考えた。名前が学園を去った理由。生徒と噂が立ったって、あんなに簡単に自分の職を諦めないよね。名前の中に別の理由があったんじゃないの?」
「名前、僕のこと異性として見てたでしょう。」

無一郎との関係を否定する理由を全て論破され、名前は言葉を失う。
あの夢の女性と自分が同一人物なのかは今でもわからない。でも、無一郎を見ると胸が焦げるような熱い思いがこみ上げるのは否定しようがない事実であった。
生徒にそんな思いを持つ自分が許せず、教壇を去ったのも。
名前は耳が熱くなるのを感じ「やめて、」と無一郎から手を引き離そうとするが、無一郎はそれを許さず「駄目、もう諦めて。」と名前の耳元で囁く。。

「あの夜だって結局何もなかったのに、もう我慢の限界。名前、愛してる。」

そう言いながら唇に何度もキスを落とす。名前は抵抗を諦め、無一郎の成すがまま段々と深くなる口付けを受け入れた。


――――――――――――――――――――

「今日は名前のところに泊まるから。」

「…え?」

「そのつもりで来たからホテルは取ってない。仕事終わるまで待ってる。あと、明日は定休日だよね?僕は授業あるけどオンラインだから。遠距離だと不便だから2人で住める物件探そっか。」

(着々と外堀を埋められている…。)








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