大正、藤の家にて

「名前は生まれ変わりって信じる?」

雨夜の夜、藤の家で次の任務のため休息を取っていた無一郎は、台所で食事の支度をする名前を見つめながら唐突に語りかけた。
ある山の麓にあるこの藤の家は、昔から鬼殺隊員の休息の場としてよく使われてきたが、無一郎は任務外でもよく入り浸っていた。女主人の名前が作るふろふき大根のおいしさに感動したのと、記憶がない頃から静かに穏やかにもてなしてくれる名前のいる家に安らぎを覚えていた。
名前は早くに両親を亡くしていたが、親が残してくれた僅かな遺産と料理の腕を生かした小料理屋を切り盛りして細々と生活していた。

「どうしたんですか、急に。」

「例えば次の招集で僕が死んでも、生まれ変われるかな。」

「そんな事…」

考えたくもない、と弱弱しく呟く名前を見て無一郎は優しく微笑んだ。


無一郎は自身の生い立ちを思い出してからは、以前見せることのなかった柔らかな表情を見せるようになった。


「何度も言ってるけど、僕は自分が長生きできるとは思っていないんだよ。もしかすると、明日には死んでいるかもしれない。だから後悔の残らない生き方をしたいんだ。」
「名前は子供の戯言と思うかもしれないけれど、結婚できるなら、相手は君しか思い浮かばないんだよ。17歳にならないとできないけどね。」
「名前は怒りと虚無しかなかった僕に安らぎを与えてくれた。記憶を取り戻してから、初めてずっと一緒に居たいと思った人は君しか居ないんだよ。」

「っ、そんなこと言っておばさんを揶揄わないでください。」

「何言ってるの、6つしか違わないのに。」

「無一郎君…。」

「ね、生まれ変わったら絶対名前のこと見つけるよ。だから名前も僕のこと見つけてよね。」

「…私は神様も仏様も信じていませんが、あなたの言う通り転生は信じても良いかもしれませんね。でも、なんでそんな来世のお話ばかりなさるんですか。3年後に幸せにしてくださると仰っておきながら。」

「…もうすぐ大きな戦いが始まりそうなんだ。生きて戻れるかわからないけど、もし僕が死んだら、遺書にこの刀の鍔を君に届けるよう書いてある。これから名前は誰か他の人と結ばれて、新しく家族を作るかもしれないけど、その鍔はずっと持っていてほしいんだ。」

「無一郎く、」

「その鍔だけでも君の元に帰ってこれたら、それだけで良いんだ。」

無一郎はそう言って自身の刀の鍔を撫でながら、泣き出しそうな名前の瞳を見つめた。

「ね、今夜は冷えるから一緒に寝よ。」



翌朝、無一郎は柱稽古のため早々に自身の屋敷へ戻った。
名前はいつものように朝の支度をし、仕込みにとりかかる。
ふろふき大根はいつ無一郎が来ても味の染みたものが出せるようにしてある。
最近は天ぷらが好きな隊員も時々来るから、その準備もしておこうか。
そんな折、鎹鴉から産屋敷当主と奥方、ご息女の訃報、全柱があの鬼の本拠地へ向かった報せが届く。

その夜は、今まで生きてきた中で一番長い夜だった。
一睡もせず、明け方白んだ空を見上げると遠くに鎹鴉の姿が。


足に括り付けられている小さな小包を見た瞬間、朝なのに視界が真っ暗になる。



―あぁ、嘘だと言って―




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