今はた同じ 難波なる
「先生、この間のお話考えてくれた?」
「時透君、職員室で私語はやめなさい。あと、中等部の君がなぜ高等部の職員室に居るのかな?」
「だって先生返事全然くれないんだもん。」
名前は額を押さえて大きく溜息を吐きながら、5時限目の授業準備のために広げていた教科書を閉じた。
私立キメツ学園は中等部と高等部の校舎が分かれているため、当然職員室も分けられている。
今年から念願の教職に就いた名前は高等部の英語科教諭として配属されたが、何故か中等部2年里芋組の時透無一郎から連日押しかけられていた。
時透兄弟といえばキメツ学園の有名人、将棋の腕が2人そろってプロ棋士間近と噂されている。
また、あどけなさの残るルックスから女性ファンもかなり多い。
「おい時透、苗字先生がお困りだろう!昼休みもあと少しで終わるから中等部校舎に戻りなさい!」
社会科の煉獄先生から大声で指摘されたにも関わらず、無一郎は名前の傍から離れようとしない。
「煉獄先生こそ、次の授業に送れちゃうよ?ねえ名前先生、今週末こそは一緒にデートしてくれるよね?」
「よもや!確かに次のクラスは一番職員室から遠いからな!」
早く戻るんだぞ!と言い残し次の授業へ向かう煉獄を見送った無一郎は、屈託のない笑顔を向けて再度名前へのアプローチを続ける。
名前は毎週繰り返されるこのやり取りに霹靂とし、静かに無一郎を諭した。
「時透君、先生にはちゃんと敬語を使いなさい。あと、生徒と先生は一緒に週末出かけることはあってはなりません。教科に関することなら平日に時間を取るから、早く戻りなさい。」
「本当!じゃあ、今日の放課後また来るから、絶対時間空けておいてね!」
ニコニコと天使のようね笑みを浮かべて中等部へ戻る無一郎の背中を見送る名前に、隣のデスクの胡蝶が労いの表情を浮かべる。
「名前先生も大変ねぇ、あの子ほぼ毎日来てるわよね。」
「カナエ先生…そうなんです…最初は可愛い冗談だったんですけど、こうも毎日続けられると中々…。」
「まあまあ、生徒に好かれるのは良いことじゃない。それに、もうすぐ夏休みだから。」
「そうですね。」と乾いた返事を返しながら名前は次の授業へ向かう。
新任の名前にとっては毎日の授業、校務、部活の指導、その他様々な雑務に加えて毎休み時間無一郎の相手をするため、気持ちの余裕が段々削がれていた。
(私もカナエ先生や他の先生方みたいに余裕をもって接したいけど…最近は睡眠時間も碌に取れていないからイライラしてしまう…。)
放課後、名前は自習室で無一郎の対面に腰掛け、彼に教科書を広げるよう促した。
「じゃあ時透君、どこがわからないの?」
「ねえ、本当に勉強見るために来たと思ってる?しかも今日は英語無いから教科書持ってないよ。」
「えぇ…君いい加減にしなさいね。昼休みも言ったけど、これ以上先生をおちょくるんだったら…」
「それは僕のセリフだよ、名前。」
急に無一郎は先刻までの柔和な表情を変え、少し怒りを含んだような声色で名前に反論した。
名前もいきなり呼び捨てにされたことも含め驚きの表情で無一郎を見つめる。
「昔も結局名前と結ばれなかったのに、今回はチャンスもくれないなんて、酷いよ。」
名前は過去の記憶を探りながら、無一郎とはつい3か月ほど前に初めて会ったはずでは?と困惑の表情を浮かべ、
「時透君は誰かと勘違いしてるんじゃないかな、先生と君は3か月前の始業式が初対面だったよね。」と諭すように語りかける。
「それに先生は23歳だし教師だから、好いてくれているのは嬉しいけど、君の気持には答えられないの。」
ごめんね、と語りかける名前に切なげな、涙が零れそうな瞳で無一郎は違う…と呟く。
「名前は全然覚えてないんだね。分かってたけど、やっぱり酷いんじゃない?僕はずっと探していたし、始業式の日だって…。」
約3か月前、新任の名前は始業式の檀上で就任の挨拶を行った。
その姿を見た無一郎は体に衝撃が走ったのを覚えている。
前世の記憶というものは朧気で、断片的にしか覚えていなかったがその日全てが繋がった。
無残との戦いを前に、帰ったら日取りを決めようと約束した彼女の姿が目の前に現れたから―。
「失礼しました、名前先生。もう、お時間は取らせませんから。」
無一郎は急に敬語で話だし、カバンを取りドアへ向かう。
「時透君、」
「でも、僕が成人していて、教師と生徒でなければいいんですよね?」
「え」
「次約束破ったら、僕どうなるかわかりませんから。」
じゃあ、と言い残し無一郎は自習室のドアを開け、名前を残していく。
(時透君めちゃくちゃ怒ってたよね?でも、最後笑ってた…悪役みたいな顔で…。お兄さんの方じゃなかったよね?)
この時名前は無一郎の最後に見せた笑みの意図することに未だ気付いていなかった。
back