静心なく花の散るらむ

昔から春は苦手だ。

今年の桜は遅咲きだったから今が満開で、世間はふわふわと春の陽気に包まれて和やかな雰囲気が漂っているけれど、学生の私にとっては重大発表へのカウントダウンが始まる時期だから。
例えるなら、春休みの間中受験の結果発表を待つような落ち着かない気持ち。

昨年は本当に良い年だった。
なぜなら、学園の有名人時透兄弟の弟、無一郎君と同じクラスだったから。
仲良しの友達数人とは離れてしまっていたが、彼が同じクラスに居るだけで毎日学園へ通うのが楽しみだった。
日曜日の夕方も、鬱な気分にならないくらい。
そんな幸せもつかの間、またクラス替えの時期がやってきてしまった。
春休みに入る前は、1年分の日曜夜の鬱を凝縮したくらい気分が落ち込んでいた。
クラスの雰囲気は程々に仲が良いといった程度で、最後のHR後もあっさりと解散していた。
無一郎君も例に漏れず、そそくさと兄の有一郎君を迎えに教室を後にしていたのを覚えている。

鬱鬱とした気分のまま春休みを過ごし、ついに新学期が始まった。
朝から胃が痛い。こんなことなら、ずっと違うクラスになっていれば良かった。
そうすればこんな落ち込んだ気分になることはなかったのだから。
同じクラスになったといっても、私ばかり舞い上がっていただけで、彼とはせいぜい業務連絡くらいしか話したことはなかった。
そもそも、学園で1、2位を争う人気者の彼とお近づきになろうとすれば、過激なファンが黙っていない。
そこで争うほど私も血気盛んではない。

お母さんがせっかく用意してくれた朝食もそこそこに、足取り重く学園へ向かう。
ローファーは毎年4月に新調しているので、まだ履きなれない。
学園に近づいてくると、仲良しの禰津子ちゃんとお兄さんの炭次郎さんを見つけた。
禰津子ちゃんは朝が弱いのでお兄さんに抱えられて登校するのが日課だが、眠い目をこすってふがふがとハグしてくれたので、私もぎゅっとハグを返す。
彼女には今日が憂鬱だと伝えていたため、心配してくれていたらしい。
優しい、大好き。

ついに学園へ着いてしまった。
炭次郎さんは途中お友達に嵐のように高等部へ連れ去られたため、禰津子ちゃんとクラス分けの発表会場へ向かう。
といっても、昇降口前に張り出されているだけだが。
どんどん顔色が悪くなる私の手をぎゅっと握ってくれている禰津子ちゃんと一緒に、名前を探す。
すると、彼女と同じクラスに名前を見つけた。
一瞬、二人でわぁっと喜ぶ。
その後無一郎君の名前を同じクラスに探したが、予想通りクラスが離れ、彼は里芋組に振り分けられていた。
双子の兄有一郎君と私たちは同じ銀杏組だ。
お兄さんが居るなら帰り際の無一郎君を見れるかもしれないから最悪の結果ではなかったけど、さようならクラスメイトという特権の日々。
春休み中心に巣くっていた落ち着かなさが消えたけど、気分は変わらず重い。
足取り重く、銀杏組の教室へ向かう。

新クラスでの簡単なHRを終え、始業式のため講堂へ移動することになったが、ここで本当に気分が優れなくなってきてた。
立っているのも辛くなってきたので、禰津子ちゃんに先生へ言づけるよう頼み保健室へ向かう。
保健室に着くと、先生は始業式で席を外さないといけないから大人しく寝ているよう指示された。
ベッドに横になり、窓から見える散り始めた桜を見つめていると、去年の楽しかった思い出が蘇り心がギュッと締め付けられた。
無一郎君と文化祭の準備で一緒になったことや、球技大会で同じクラスだから思い切り応援できたこと。
無意識に彼の名前をぽつりとつぶやき、目を瞑ったその時、「何?」と聞きなれた声が聞こえた。
ハッと目を開けるとそこには無一郎君がこちらを見つめて立っている。嘘、なんでここに?

「今僕の名前言ってた?」
「えっと…空耳じゃない?」
「あ、そう。」

と簡単に返し無一郎君は私が寝ているベッドの横のベッドに寝転がった。
そしてこちらにごろんと寝返りをうち、透き通った水色の瞳が私を見つめる。

「苗字さんも気分が悪いなら寝なよ。」
「む、無一郎君そこで寝るの…?」
「何か問題ある?人が多いと疲れるからいつも集会の時はここに居る。」

確かに、無一郎君はいつも全校集会の時に見かけなかった。
何でもそつなくこなすのに、人混みが苦手なの可愛いな。

「クラス離れちゃったね。苗字さんは兄さんと同じだよね。」
「あ、そうだね…新しいクラスどうだった?」
「別に…兄さんともいつものように離れてるし、そんなに。」
それに、と無一郎は言葉を繋げる。

「苗字さんとも離れちゃったし。」

その言葉に顔に熱が集まるのを感じた。
無一郎君は相変わらずのポーカーフェイスで窓の外の桜を見つめていた。
彼の長い黒髪と桜の散る様が相まって、息をのむ。
くるりとこちらを向き、無一郎君は「苗字さんは?」と私に問いかける。
思わず変な声で反応してしまった。
「ど、どういう意味?」

「苗字さんは、僕と離れて寂しい?」
「は、はい…。」

そう答えると無一郎君はふわりと柔らかく微笑んだ。

「じゃあ、兄さんと苗字さんに会いに毎日行くね、銀杏組。」

そう言って彼は目を閉じてすやすやと眠り始めた。
長閑な桜の散る春の日に、私の心だけが鎮まることがなく熱を帯びたまま取り残された。
ああ、やっぱり春は嫌いだ。




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