「次のカードは長引くからな。時間が空いたから来てみた」

仁王くんがそういった。けれど私の頭は真っ白で、何も考えることができない。
そんな私をよそに、彼は壁にもたれるように座った。彼の視線の先では、テニス部の試合が展開されている。
どうしても彼を直視は出来なくて、私は空を見た。からりと晴れて、夕暮れの空が広がっている。
ああ確か、私が仁王くんに付き合えって言われたあの日も…

「俺達が初めてここで話をした日も、こんな天気じゃったのう」

同じことを、考えていた。
私は驚いて声の方を向く。すると、仁王くんは知らない間に立ち上がっていて、私は気づかない内に壁に追いやられていた。あれ、これデジャブ?

「お前さん、さっきの話じゃが」

いきなり一番持ってきて欲しくない話を持ってこられて、私はどうしても動揺を隠せない。ああ、何か言わなくちゃ。確かにそう思っていたはずなのに。

「…仁王くんには関係無いよ」

気付けば、口がそう返事をしていた。

「何言うとるん。明らかに告白されとったじゃろ。それに、その後…」
「だから、仁王くんには関係ないんだってば!」

伸びてきた手を叩き落とした。
仁王くんの少し驚いた顔。
仁王くんが何も言わない内に、とまた口が動く。

「…どっちにしろ、もう終わりだよ」
「…何が」
「もうやめにしよう。恋人ごっこ。こうやって会うのも喋るのも、全部やめにしよう。…いいでしょ、どうせ遊びだし、仁王くんにはいくらだって相手もいるし私じゃなくてもいいでしょ」
「おい」

「…結局、信じられないままだったよ、愛も恋も。こんな無益な関係、お互いに時間がもったいないだけだよ」

よくもまぁここまで嘘ばかり並べ立てられたものだ。
その嘘のおかげで、動揺した仁王くんの手から少し力が抜けたのをいいことに、私は仁王くんから逃げ出した。



走って走って、階段を駆け降りて、私は床にへたりこんだ。
息切れも涙も、止まらない。


本当のことが言えたらどんなに楽だっただろう。

けれど、仁王くんにとってこれはただの遊び。
私が彼に気持ちを伝えてしまえば、ゲームオーバー。
ただの遊び相手の奴に本気で告白なんてされたら、きっと彼は困るだろうし、私に興味を無くすだろう。
どのみち、この関係はもう終わりなんだ。

どうせ切れてしまう関係なら、自分から切ってしまった方がいっそ楽だなんて、なんて自分勝手なんだろうって呆れる。

最後に見た、彼の複雑そうな顔が浮かんだ。
こんなことなら、最後くらい笑ってさよならすれば良かったな。そう自分で思ったのに、胸がずくずくと痛んだ。

ああ、こんなに。



こんなに彼が、好きなのに。








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