仁王くんが好きな事を自覚してしまってからというものの、どんなことになるのかと不安に思っていた。が、そんな不安も無いかのように、あまりにもあっけなく日々は過ぎていた。



朝、いつものように玄関を出て、駅に行って電車に乗って。
いつだったか、恋をすると世界の何もかもが輝いて見えるようになる、なんて誰かが言ってた気もするが、あれは過大表現に過ぎないみたいだ。空がいつもより青い気も、駅員のお兄さんがいつもより爽やかに見える気もしなかった。
ただ。

「おはようさん。間宮」
「…おはよう」

彼を見ると、なんとも言えない気持ちになるだけだ。
…いや、まぁそれだけでも今までとは確実に違うわけだけど。

気持ち悪いような恥ずかしいような、そんな気持ちだが、それでも一日は何事も無く過ぎていくんだろう。
なんて思いながら登校、いつも通り授業を受けて、終わりのHRも無事終了。今日は仁王くんの部活はいつもより早く終わるらしく、まさか仮にも好意を抱いている相手を待てる立場にいながら待たないという選択肢もなく、私は屋上に向かった。



「ふぅ…」
屋上に着いて、いつものようにフェンスの際に腰掛ける。
あ、今日はテニス部、部内で試合なんだ。
お目当ての人を応援すべく、ぞろぞろとテニスコートに向かう女の子たちが見えた。
恋する乙女としてどうかと思うが、あそこまでして見に行く気にはなれない。昔誘われて言ったが、あの人口密度には懲り懲りだ。

と、そこで、私は背後でドアが開いた音に気がついた。
振り返ると、男子生徒。

「間宮さん」

急に彼が私の名前を呼ぶものだから、思わず目を見張る。

「少し話があるんだ。今いいかな」



私は立ち上がって彼と向き合う。
ああ、誰だっけ。よく見たらあの彼だった。いつだったか、桜の下にいた。野球部のキャプテン。名前…確かに仁王くんに教えてもらったんだけど。

「間宮さん。あの、俺、隣のクラスの森口っていうんだけど」

ああ、森口くん。そうだそんな名前だった。

「えっと、野球部の…ですよね」
「あ、知ってくれてたんだ。良かった…」
「はぁ…?」

小首を傾げると、俯き気味だった森口くんが突如がばっ、と顔を上げた。さすがに驚く。

「にゅっ、入学式の時に一目惚れして…ずっと好きでした!!」
「………え…?」
「俺と付き合ってください!!!」

森口くんの言葉に、私は絶句した。
けれど、森口くんが言ったことがだんだん理解出来てきて。
告白されたにも関わらず私は至極冷静だった。
森口くん、と声をかけると顔を上げる彼。
私の表情で分かったんだろうか、少し苦く笑っていた。

「気持ちは本当に嬉しいよ。でも…ごめん、受け取れないや」
「…好きな奴、いるの?」
「………うん。まぁ、あんまし望みないんだけどさ。でも、だからって森口くんを選んでも、きっと後で後悔するんだと思う。だから…森口くんとは付き合えない」
「…そっか」
「ごめんね、本当に」
「いや、ありがとう。はっきり言ってくれて」
「ありがとう?」
「いや…真面目に考えてくれたんだな、って思ったから」

そこまで言われちゃ諦めるっきゃないなぁ、と森口くんは笑った。
きっと無理してるんだろうけど。
森口くんはかばんを持って、扉の方に歩いていく。
その姿を見つめていると、森口くんがくるっと向き直った。

「間宮さん!」

「間宮さんの好きな人って、仁王?」
「えっ…?な、何で?」
「はは、当たった?そんぐらい、俺が間宮さんのこと気にしてたってこと!」

まさか他人にばれるとは、と私は頭に血が上っていくのを感じた。
森口くんは少し声を張り上げる。

「望みないとか言ってたけど!俺全然そんな事ないと思うよ!間宮さんは、俺が惚れた人だからさ!」

それじゃ、なんて笑って森口くんは出て行った。
そんな森口くんに私は少し笑った。
が、私は彼と入れ違いでやってきた人物に驚愕する事になる。

幾度となく見た、その顔に。

「仁王、くん………」








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