お風呂から上がると、携帯が揺れていた。
電話だ。…ああ、あの人だったらどうしよう。今日はコンビニで買ったお気に入りのカフェラテがあるからと楽しみにしてたのに。台なしだ。
嫌々ながら、ディスプレイを見る。
…と、そこにいつもの名前は無かった。



「もしもし?何か用事?」

カフェラテ片手にソファーに座る。膝で挟んでストローを刺した。

電話の主は仁王くんだった。

「ああ、今週の日曜、部活が久しぶりに無くなってな。良かったらどっか行かん?」
「別にいいけど…どこに?」
「そうじゃな…特に予定はないのぅ。何か希望はあるか?」
「んー…いや、特には。仁王くんはどこか無いの?」
「んー…。……映画?」
「映画かぁ、いいね。しばらく行ってないし。」
「そうか、じゃあそうするかの。場所は最近出来たあそこでいいか?デパートのそばにある」
「うん。待ち合わせは?」
「10時にそこの前の噴水にするか」
「わかった。ありがとう」
「ああ。じゃーの、おやすみ」
「おやすみ」

切れた電話を見つめる。
映画なんて久しぶりだ。少し頬が緩むのを感じる。
どうやら自分は多かれ少なかれ明日に期待しているようだ。
どうしてそんなに期待しているのか、私は深くは考えなかった。いや、考えるのをやめた。

理由は一つ。怖い、からだ。

私が物心ついた頃、すでに両親は不仲で、家には常にどこか冷たい雰囲気だった。
それでもすぐに離婚話にはならなかった。
事態が急変したのは私が小学校を卒業した頃のこと。


『お前、俺とは違う男がいるだろう!』
『あなただって人のこと言えないじゃない、どうせ最近遅いのも他に女がいるんでしょう!?』

ばれた不倫に、

『花月ごめんね。本当はお母さんもあなたを連れていってあげたいの。けれど、あの人がどうしても許してくれなくて…ごめんね、ごめんね、いつかきっと迎えに来るからね』

出ていく母親、

『花月、母さんは居なくなっちゃったけど、これからは父さんと二人で頑張ろうな』

どこか嘘臭い父親に、

『ほら花月、新しいお母さんだよ。あいさつなさい』

残酷なまでに冷たい目をした知らない女、

『子供がいるなんて聞いてないわよ!』
『俺だってこんなつもりじゃ無かったさ!なのにあの女、あいつを置いてどっか行っちまったんだよ!!』

繰り返される言い争い、

『ねぇあんた、邪魔なの分かってるでしょ?』

私を疎ましがる女の声、

『花月、仕方が無いんだ。金の面倒は全部見るし、今まで通り学校に通って構わない。だから……』

この家から出ていってくれと。
私を捨てた、父親。



愛なんてどうせ嘘。全部嘘。
結局自分が一番。自分が良ければ、今までのことなんて全部捨てる。平気で嘘をつく。
だから、愛も恋も信じない。

…そう、信じちゃいけない。
いけないんだ。

けれど、そう思う度、心のどこかで沈む私がいる。

「………寝よう」


そんな気持ちに、蓋をして。








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