「…おーい」

誰かの、声がする。

「もーそろそろ返事してくれんとまーくん泣きそうなんじゃけどー」

はっ、と急に意識が戻る。
声がした方を向くと、私の膝の上で唇を尖らせる雅治。

「ごめん、何?」
「…別に用事はないんじゃけど。どうしたんじゃ、ぼけーっとして」
「ん、あー…ちょっと」
「ちょっと?」
「…ちょっと思い出してた。私と雅治が会った時のこと」
「ああ…」

私が雅治と会った高校2年の秋。
気付くともうあれから3年が経とうとしていた。

「初めて喋った時の花月は冷たかったナリ」
「冷たかったっていうけどあれは仕方ないでしょーが」
「くくっ、まぁなぁ」

高校を卒業して、二人揃ってそのまま立海大に進学した私たちは、その春に同居をはじめた。

それから、卒業と同時に、このままは良くない、という雅治の意見を聞き入れて、父に会いに行った。

開口一番、土下座でもするかの勢いで私に詫びた父は昔に比べてどこか角が取れ、小さくなった気がした。
驚いたのは、実は父はあの人と既に別れていたこと、そして、私にはあの人が置いていった小さな弟がいたこと。

何より驚いたのは、外の父の様子を見に来たその子を抱き抱える父の顔が、私が昔愛していた彼のものだったこと。


父に雅治を紹介すると、最初は驚いた顔をしたが、しばらくして優しく笑った。

いい人を連れて来たな、と。

それから、父には定期的にあっている。
もちろん、弟とも。
最近かなり嬉しかったのが、弟が私をみて「おねえちゃん」と言ってくれたことだ。

父と和解出来たのも、新しい家族に会えたのも、すべて雅治が背中を押してくれたから。雅治が、居てくれたから。


「雅治がいなかったら、きっと私、幸せになれてなかったんだろうなぁ」
「当たり前じゃ。お前さんを幸せに出来るのは俺だけじゃき」

なんて真顔で言う雅治が可笑しくて、少し笑ってみせたら案の定不満げな顔をされる。

「笑うことないやろ」
「あはは、ごめん。でも、幸せ」

そういったら、雅治は体を起こして私を抱きしめた。

「こっからもっと幸せにしたるきに、覚悟して」
「じゃあ私も雅治のこと幸せにするから、雅治も覚悟してね」

なんて、雅治の胸の中で瞳をとじた。
暗くなった視界に、私が作り上げた、少女の姿が浮かび上がる。

雅治と会う前、愛を信じず、自ら幸せから逃げ出していた頃の私。
彼女は動きもせず、ただじっと私を見ていた。まるで私を心配するように。


私はもう大丈夫。
今まで散々迷惑かけちゃったね、ごめん。
でもこれからは私頑張って前を向いて歩いていくよ。
大切な人がそばにいるから。


ありがとう、さよなら、愛してたよ。

ひとりぼっちの私。



彼女が最後に、笑った気がした。


エターナルブルー
(どれほど重くて暗い深海のようなところにだって)
(いつかかならず光は差すのだと、)

(教えてくれたあなたと、生きていく)










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