眩しいくらいの夕日に染まった教室で私は一人佇んでいた。

なんであいつなんだろ。
イケメンだからって調子乗って女遊びしまくるし、しかもそのことについて何にも悪気ないし、すぐに嘘つくし、そんなこと私が一番よく知ってるのに。
なんだって、好きになんてなっちゃったんだろう。
叶わないことが分かりすぎて泣けてくる。
こんなにまで望みのない恋なんて。

「花月、こんな時間に何しとるんじゃ?」

急に聞こえた声に肩が跳ねた。
涙を拭って、振り返る。極力、明るく心掛けて。

「なんだ仁王か、びっくりしたー!今日はD組の美女とデートじゃなかったっけ?」
「お前さん…」
「数字の問題集忘れちゃってさ、明日当たってるのに私ってドジだよね」

あはは、と笑って机の方に向かおうとした。
…のに、行けなかった。
仁王が、私の腕を掴むから。

「おい、待ちんしゃい」
「や、えっと…仁王どうかした?」
「どうかしとんのはお前の方じゃ、目が腫れとる。…誰に泣かされたんじゃ」
「え、な、泣いてなんかないよ…ただちょっと目が痒くて、か、花粉症かな…はは」

目が合わせられない。
すると、仁王がもう片方の手も掴んできて。自動的に仁王と向かい合うことになってしまった私は俯くしかなかった。

「…それがほんまなら、俺の目を見て言ってみんしゃい」

この状況でそう言われると、向かい合うしかなくて。
私はゆっくり顔を上げた。
でも、仁王を目の前にして私の涙腺が堪えられるわけがなく。
動揺して少し緩んだ仁王の手を払って、顔を覆うしか手だてが見つけられなかった。

なんで、なんで。
こんなの私の柄じゃないよ。

ああでも、でもどうしたって…
好き。私は仁王が好きなんだ。

「…嘘つきじゃのう。で、誰に泣かされた?」
「誰にも、泣かされてなっ、よ…私が勝手にな、泣いてるだけだから…っ」
「…男か?」
「………っ!」
「図星じゃな。名前言いんしゃい、今から殴りに行っちゃる」

なんて言うもんだから、私は首を振った。
すると、仁王も何も言わなくなった。
しばらくそうしていたら、仁王がため息をついて、私の後ろの椅子を引き、その向かいの椅子を引いて座った。

「ほら、座れ。話くらいなら聞いても良かろ?」

仁王がなんだかいつもと違う人に見えた。
昨日まで私に平気な顔して好きでもない彼女の話とかしてたくせに。
心の中で悪態をつきながらも、私は椅子に腰掛けた。

仁王は私が泣き止むまで待ってくれた。
しばらくしてから、気分が落ち着いてきて、視界は潤んで歪むものの、涙は止まった。
ちら、と上を見ると、仁王がなおも私を見つめ続けていたから。

「…望み、ないんだ」

ぽつりと、私はそう言った。言ってしまった。
一度口にしてしまったら、なんか止まらなくなってしまって。

「モテるし…っていうか彼女いるし。そのくせ色んな子にちょっかい出してさ」
「どうしようもない人だって知ってるのに」
「知ってるのに………それなのに、やっぱり」

やっぱり、好きで。

「はは、ああ…ホント、報われないや」

止まった涙がまた溢れそう。
っていうかなんで無反応なのよ。笑うなりなんなりあるでしょ?
…まぁ、よく見えないんだけど。

その時、向かいの椅子ががたんと音を立てた。

どうしたんだろうとそちらを見ようとすれば、なぜか視界はひどく悪くて、何にも見えなくて。
唇に押し付けられた違和感さえも、遠い。



「…花月」

聞き慣れた名前を呼ばれ、我にかえる。
それでも理解出来ない、目の前のこの人。
だって今多分、唇に……

「俺に、しといてくれんか」
「え…?」
「絶対泣かせんし、寂しい思いもさせん。…俺の方が、そいつの何倍も幸せにできるから…こんなにお前さん泣かせるような奴に、渡せん、渡せんよ」

こんなに好いとうのに。
耳元で、私を抱きすくめながら仁王が言った言葉は、にわかに信じがたかった。
でも。

多分、嘘じゃないんだ。
だって、仁王の手がこんなにひどく震えてる。
…嘘じゃない、嘘じゃ、ないんだ。

私は、仁王のYシャツを握る。

「…馬鹿」

仁王が体を離してこっちを見たとき、私は思わず仁王の頬を打った。

「馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!仁王の馬鹿!」

動転した顔できょとんと私を見つめる仁王。
また涙が溢れてきて、私は仁王の体に顔を埋めた。

「…っばか、好き」

夕暮れラプソディ

すると彼は泣きそうな顔で笑って、私にキスをした。








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