明日、だ。正確には1時間24分後。豪炎寺修也の誕生日。
 
彼とはもう半年以上も前に関係は終わっている。お互い愛し合っていたのに、時間のずれがどんどん私たちに溝を作る。彼がいない時間が長すぎて彼の顔を見るたび涙が溢れ、そんな私を彼は何も言わずに抱きしめた。
お互い寂しかったんだと思う。自分の寂しさを埋めようと一生懸命で、いつしか思いやりなんて忘れてしまっていた。寂しさで狂ってしまっていたのだ。お互いを傷付けあって、とうとう別れてしまった。
 
決して潔い別れ方ではなかった。納得できないまま、強制的に終わってしまった愛に私は未練しか残らなかった。何も、ない。友達といるとき、勉強しているときこそ気持ちは紛れるけれど、夜例えばベッドに潜った後。ふと彼との思い出が脳裏に蘇っては枕を涙で濡らす日々が続いた。一緒に行ったスポーツショップ、手を繋いで歩いた駅前、よく待ち合わせに使ったカフェテラス…。挙げたらきりがないくらいたくさんの記憶のひとつひとつですら今は私を苦しめる材料でしかなかった。
 
 
せめて友達に戻ろうとする努力はしたらよかったのだろうか。彼とは何度もすれ違った。何度も目が合った。手を振って気づいてもらえるくらいの距離と時間は十分にあったのに。気まずくて目を反らせてしまった。手を振るどころかそそくさとその場から立ち去ってしまった。そうしているうちに彼から目を反らせてくるようになった。私の姿を見ると目の前から立ち去るようになった。登校時間をずらしてくるようになった。通学ルートを変えるようになった。あからさまな避けように最早苦笑いも出来なくなってしまった。全部、私が悪い。
苦しんで苦しんで、それでも当たり前のように時間は過ぎていった。彼が走った跡から巻き起こる風が、グラウンドの土煙とともにさらさらと私達の記憶まで流していくように。
 
 
思えば今年の私の誕生日は、彼がいなかったから一人で過ごした。友達が気を遣って一緒にいてくれようとしたのを断って、部屋で携帯を握りしめ泣いた。期待しても後悔するだけだとわかってはいたものの、心のどこかで、届くはずのない祝福の言葉を待っていたのだ。次の日、ただ年を一つ重ねただけの何も変わってはいない私を日常は無情にも飲み込んだ。それでもなお取り憑かれたように彼を好きだと思う私は、もう既に私ではないような気がした。
 
彼は私のことをもう何とも思ってないだろう。それでも一緒にいた時間は確かに存在したのだ。目には見えなかったけれど、わかりにくかったかもしれないけれど、確かに愛は存在したのだ。簡単に拭い去ることの出来る、薄っぺらい愛ではなかったはずだ。少なくとも私の中では。
 
 
 
あの頃とは違う柄のベッドの上で、思い出を振り払うようにして変えた新しい携帯を手にして。半年間触ることのなかった彼のアドレスを開いた。ただ一行。私が彼に欲しかった「おめでとう」の一言を、液晶に打ち込んだ。時刻を確認すると、日付は変わってもう彼の誕生日は今日だった。
 
1センチ弱のボタンを押せば彼に届く。なのに私の親指は震えて、頭はガンガンと痛くて、目眩がした。毛布にくるまっているのに寒い。
 
(この毛布が、彼の身体だったらいいのに)
 
背中から抱いてくれていたら、どんなに心強いだろう。馬鹿な妄想をしたところで気分は晴れる筈もない。力なくも、小さなボタンを押したのは、今日になってから30分後だった。すぐに携帯を閉じる。どっと疲れと眠気が襲った。涙を吸い続けてきた枕に頭を預ける。鳴り響く頭痛を鬱陶しく感じながら無理矢理目を閉じた。
 
 
 
静寂のBirthday
 
 
 
薄明るい、朝日が完全に昇りきる前に目が覚めた。昨晩放り投げた携帯の点滅。少しでも期待した私は何て馬鹿なのだろう。傷付くことは予想出来たのに。
 
 
受信したのは宛先不明通知。ただひとつ。
 
 
 
 
2011.0329
prev | next