雷門中は少し、いやかなりケチだと思う。
私と同い年でもある、理事長の娘さんは学校の経費削減のためにサッカー部を潰そうとした。でも結局雷門中サッカー部はフットボールフロンティア全国大会に優勝、更には雷門中の選手からフットボールフロンティアインターナショナルの日本選抜チームに選ばれて、鼻高々に帰ってきた。
 
そして彼女が帰ってきて早々、私が理事長室に呼び出されたということだ。
 
「軽音楽部は廃部です」
「はぁっ!?何で!?」
 
理事長の娘さんは用件をさらりと言ってのけた。でも私にとっては一大事だ。軽音部は、私にとって大事な居場所なのに・・・。
一応娘さんに食って掛かってはみたものの「軽音楽部は大した実績も無い、活動している様子も無い、第一部員が一人しかいないから」とあっけなく跳ね返されてしまった。来年度の進入部員が入ってくるまで部活は凍結。勿論、入ってくればの話だが。
 
 
部室から私物のギターとアンプを持ち帰らなくてはならない。重い足取りで部室棟を目指す。隣の特殊教室棟から聞こえてくる管楽器の音色。吹奏楽部は雷門中の売りに"貢献"しているから潰されなくて済むのか、と考えると自分が不甲斐無く感じた。悔しくて、私は耳を塞ぐように思い切り軽音部の部室の扉を閉めた。
 
私物を隅に退けると、部室には譜面台と型落ちして色褪せた、それでも自分が毎日磨いたドラム。それから3人程度が腰掛けられる長椅子が一つ。棚には今となっては必要の無くなったスコアが山積みになって残った。
1年とちょっと、お世話になった部室。今は一人になってしまったけど、去年の今頃は学校祭の有志の練習に明け暮れていたっけ。
 
私が1年の時、既に雷門中3年に在学していた兄に誘われて軽音楽部に入部。楽器の一つも出来なかった私に兄や兄の友人がギターを手取り足取り教えてくれた。楽しかった時間はあっという間に過ぎて兄達は卒業してしまったけれど、この部室でギターを弾くと今でもあの頃のことが鮮明に思い出せるから寂しくなんてなかった。でも今は・・・
 
ここで私は何を思ったのか部室の窓を全開にして、ギターをアンプに繋いだ。ピックは実はこっそりネックレス代わりに胸元にぶら下げてある。リボンを緩め、シャツのボタンを3つ外してピックを取り出す。ストラップを肩にかけて、ギターを定位置に。
 
・・・ここでの演奏は下手したら最後になってしまうかもしれない。
 
私は大きく息を吸い、カラッと晴れた空に向かって、ギターを掻き鳴らしながら叫んだ。いくら咽喉が痛くなっても構わない。今ある精一杯の気持ちをメロディーに乗せて。しゃきしゃきと弦を弾くピックの音も聞こえないくらいに、大きな声で。
 
 
1曲を歌い終えた時には、私は激しく息切れをしていて、気付けば目から大量の涙が零れ落ちていた。悔しい。私は自分の居場所すら自分で守れなかったのだ。拭っても溢れてくる涙の雫が、ギターの淵に数滴落ちた。
 
 
「楽器は濡らすと良くないのだろう?」
 
 
溜め息交じりの声が聞こえた方へ振り返ると、部室のドアに肩を預けた男子生徒がいた。ドレッドヘアーにゴーグル、サッカー部のユニフォームにマントを身に纏った姿の男子生徒はかの有名な鬼道君だった。
面識もない彼が、どうしてここに・・・。は、とさっき全開にした窓を見る。ということは。
 
「き、聞こえてた・・・?」
「あぁ。ばっちりな」
 
やっぱり。鬼道君はここから聞こえる騒音に苦情を言いに来たのか、外はサッカー部の活動区域に近いし迷惑がられて当然だ。慌てて私が謝ると、鬼道君は何故謝るのかというような顔をした。
 
「だって、騒音に苦情を言いに来たんだよね?ごめん、今日でもう最後だから・・・」
「・・・どういうことだ」
 
私の"最後"の言葉に食いついてきた鬼道君に長椅子に腰掛けるように勧め、私も隣に座ってギターにかかった水滴を拭き取りながら事情を説明する。鬼道君は静かに相打ちをうちながら説明ベタな私の言うことを最後まで聞いた後、そうか、と。短く息を吐いた。
 
「じゃあここは、お兄さんと中野との思い出の場所、というわけか」
「うん。でも雷門さんの言う通り、もう出て行かなくちゃ。ここにいても迷惑なだけだし」
「いや、ここはお前の居場所だ。さっきのお前の歌が、その証だ」
 
俺はお前の歌は嫌いじゃない、と付け加えるように言ったその言葉は、今まで私の心にあった悔しさとか悲しさを全て溶かした。今日中には廃部になるというのに、私は温かい気持ちでいっぱいだった。さっきとは違う意味で溢れてくる涙を、鬼道君は何も言わずに拭ってくれたのだった。
 
 
少しして鬼道君は立ち上がって、窓の外を見た。気付けば外はもう赤く染まっていて、私はそんなに鬼道君を引きとめてしまっていたのかとまた謝った。気にするな、と眉尻を下げて言う鬼道君。「そんな腫れた目では一人で帰せない」と校門まで送ってくれたのが更に申し訳ない。
 
「部室の鍵まで任せちゃって、ごめん」
「構わない。じゃあ気をつけて帰れよ」
 
そう言い残し、鬼道君は校舎に戻っていった。雷門のユニフォームに合ったマントが夕日の色に溶け切れずにぽかりと浮いているのが、私の目にいつまでも焼きついていた。
 
 
Blue Red Blues.
 
 
翌日、私はまた理事長室に呼び出しを食らった。今度は何だ、忘れ物でもしただろうか。いやそんなことはないはずだ。では廃部の正式な書類でも作るのだろうか。昨日の晩やっとの思いで気持ちにけりを付けたのに今更掘り返さないでほしいものだと内心うんざりした気分で理事長室の扉を開く。
 
「廃部は、取りやめです」
「・・・は?」
「だから、廃部は取りやめだと言っているの」
 
理事長の娘さんは悔しそうに顔を赤らめて、確かに廃部は取り消しだといったのだ。その後に「鬼道君にあんなに強く言われたら断れない」だとか、何かごちゃごちゃと言っていたのを聞かず、私は思いっきり理事長室を飛び出した。あぁ、私はまたあの部室で演奏できるのか。早くこの気持ちを伝えなきゃ。
 
 
向かう先は、青いマントの彼のもと。
 
 
 
 
 
 
 
 
*余談*
 
「そう、鬼道君がそこまで言うのなら・・・」
「感謝する」
「でも何で?鬼道君が一女子生徒のためにそんなことするなんて。しかも面識もない子に。」
「中野の兄と、ちょっとした知り合いでな。それに、一生懸命なやつは嫌いじゃない」
 
 
そう言って窓の外の夕日を見上げた鬼道は、満足そうな笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
 
 
 

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