稲妻事変様提出作品
 
 
 
 
 
 
贅沢は敵だと思ってた。
贅沢をしたら必死に今を生きている人に失礼だって、ずっと両親から教えられてきたから。
 
だから今まで私は必要最低限のことしか求めなかった。
円堂君に、会うまでは。
 
 
 
「中野!!お前もサッカーが好きなのか?」
 
 
私には友達というものがいなかった。苛められている訳ではないし、話しかけられたらそれなりに会話は出来る。だけどそれは必要最低限な会話に留まる。友達と無駄なお喋りをするくらいなら、今後の人生に関係してくる学校の内申点を良くしたかった。
一人の時間は割と好きだ。一人で過ごす時間が、自分に許された唯一の贅沢だと思っていたのだ。
このときも次の定期考査のために一人教室の隅で体育の教科書を読んでいた。次の考査の範囲がサッカーのルールについて。そのページを開いていたところがサッカー馬鹿で有名な円堂君の目にたまたま留まったのだろう。
 
同じクラスだったとはいえ今まで円堂君と話したことは皆無だった私は彼になんと言っていいものかと一瞬悩んだが、嘘を言っても仕方が無いと思って正直に答える事にした。
 
「正直、興味ない」
 
よく親族から女子にしては可愛げのない喋り方だと酷評されるがそんなことを言われても今更直す気にはならないし、そもそもあまり他人と会話をしないからそんなスキルは必要ないのだ。そんな回想を終え円堂君をちらと見ると彼は肩をがっくりと落としていた。
 
「そっかー・・・中野悪いやつじゃないからサッカー好きだと思ったんだけどなぁ」
「何その方程式」
「サッカーを好きなやつに悪いやつはいない!!本当なんだぞ」
 
目を輝かせて語る彼をふーん、と軽くあしらって私は再び教科書に目を落とす。学校でこんなに無駄話をしてしまったのは初めてだ、このまま相手のペースに引き込まれないようにしなくては。
 
「中野って、さ。友達いないのか?」
 
単刀直入に聞いてくる円堂君に、流石の私も視線を彼に戻した。教室がしーんと静まり返っている。どうしてくれるんだこの空気。触れてはいけない領域に踏み入った彼はその様子にも気がつきもしない。
 
「・・・どうだっていいじゃない」
「良くないさ。だって寂しいじゃないか、一人でいるのって」
「私は別に感じたこと無いから」
 
だからこの話は終わりにしましょう、さっさと何処かへ行ってくださいという信号を発信したのだが、彼は電波を受信カットしたらしい。何も伝わっていない。そのうち彼はとんでもないことを言い出したのだ。
 
「中野さ、今日の俺たちの練習見に来いよ」
「・・・は?」
「仲間がいるってことがどれだけ素晴らしいことか、お前に教えてやるからさ!!絶対だぞ、じゃあな!!」
 
有無を言わせない雰囲気で振り返り自分の席に戻ろうとした円堂君を呼び止めようとした途端に、都合悪く午後の授業開始を知らせる鐘が校内に鳴り響く。私は彼に断るチャンスを逃してしまったのだ。
 
(見に行く時間も、無駄なのに・・・)
 
 
結局、彼の誘いを断りきれなかった私にも否があると思ったし、行かなかったら明日円堂君が煩いだろうし、帰り道にちょっとだけ、グラウンドを覗くことにした。本当に覗く程度で、彼の姿を確認したらすぐに帰宅する予定だったのだ。
いつもなら目にも留めずに通り過ぎていくグラウンドを鞄片手にチラ見すると、そこには全身土ぼこりでどろどろになりながらもボールを追い続ける雷門サッカー部員達だった。ゴール前にでん、と構える円堂君に向かって、豪炎寺君と風丸君がボールを蹴り進めていく。二人がゴール前で高くボールを蹴り上げ、同時にシュートすると、ボールに赤い翼が生えたような幻が見えた。
 
 
「「炎の、風見鶏ィ!!」」
 
 
燃え盛る炎がゴールへ一直線に進む、思わず私は立ち止まってその行方を目で追った。好奇心、今までの私にはこんなもの・・・
 
「ゴッドハンド!!」
 
円堂君が手を突き出すとバックから黄色い大きな手が出現した、炎を纏ったボールが彼の出した大きな手が捉える。衝撃で少し円堂君の身体がゴール側に動いたけれど、彼は足を思い切り踏ん張って遂にはゴールを守りきった。ボールを止めた彼の顔は満足そうで、尚且つ楽しそうだった。
そんな彼に風丸君と豪炎寺君が近寄り、なにやら話している。真剣な表情からして今の練習の感想でも言い合っているのだろう。
私はというと、彼らの迫力に未だ一歩もその場から動けずにいた。ボールを目で追うだけという簡単なことに、いちいちはらはらしたりどきどきしたり。こんな心情は初めてだ。 
 
ふと風丸君が校舎側、つまり私の方へ顔を向けた。勿論目が合ってしまった。わたわたしているうちに風丸君笑いながらが円堂君に報告している。まずい。
私が慌てて下校しようとしたときには既に遅し、円堂君があのときのようなきらきらと輝いた目をこちらに向けながら私の方へ走ってくるのが見えた。
 
「中野!!来てくれたんだな!!」
「・・・通りかかった、だけ」
 
息を切らせながら私の正面に立つ円堂君は、本当にすがすがしい顔をしていた。恥ずかしくてつい誤魔化してしまったけれど間違ったことは言ってない、はずだ。そんなごまかしにも気がつかないといったように、サッカー好きの彼は私にこう語ってきたのだ。
 
「サッカーは一人じゃ出来ない、中野にも仲間の素晴らしさを知って欲しかったんだ。俺、こいつらとサッカーしてて、すっげー楽しい!!」
 
ああ、そうか。サッカーが円堂君の贅沢なんだ。
その贅沢を惜しみなく他人に供給する、それは彼がとっても優しいから。今を大事にすることが、彼の贅沢への恩返しなのだ。
 
「・・・そういうの、かっこいい、ね」
 
私の贅沢は、ここから始まったのかもしれない。
 
 
キラーチューン
 
 
私にも、友達が出来た。
サッカー部のマネージャーの木野さん。木野さんはとても優しくて、円堂君みたいにサッカーが好きだったからすぐ打ち解けられた。
私は放課後は必ずグラウンドを眺めてから帰るという習慣がついた。時間に余裕があるときは木野さんの手伝いをする、そのときの円堂君の喜んでいる顔が病み付きで、私はそのたびに、もっともっと、彼の贅沢を見ていたくなった。
 
 
彼はとても一生懸命な人。
夜の静けさも、秋の寂しさも、きっと彼を立ち止まらせることは出来ないでしょう。
 
私のこの想いが彼に届かないことも知ってる。
 
それでも
貴方は私の一生もの。
 
 
 
 
 
 
song by, 東京事変
♪キラーチューン
 
 
 
 

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