*4000キリ番フリリク
 
 
 
 
 
 
私は今急いでいる。
 
ここ数日の早起きの理由は、一つ前の駅から乗っている同じクラスの源田君を拝むことである。
数日前日直の仕事のためにいつもより早い電車に乗ると、偶然源田君に遭遇した。毎朝朝練のためにこの時間この車両に乗っているという彼の横顔が、朝の日差しに当たってきらきらとしていて不覚にもときめいてしまった。つまり、今まで何とも思っていなかった同級生に好意を抱いてしまったということだ。
 
今朝は寝坊してしまった。夢に突然源田君が出てくるのが悪い。なかなか起きない脳に鞭打ちをして、駅のホームを目指し猛ダッシュする。既にホームにはいつもの電車がいるらしい、ホームまで続く階段を一段飛ばしで駆け下りた。

だけど私のそこまで高くない運動神経からして、手すりにつかまらずに走ったが悪かったのだろう。あと数段のところで階段を踏み外して、身体が宙に浮いた。
 
「・・・ッ!!!」
 
周りの空気だけ嫌にスローモーションだ。
落ちるならさっさと落ちてしまえば良いのに、あーあ。朝からツいてない。顔に傷が出来たらどうしよう、恥ずかしい、同じクラスだから源田君には確実に見られてしまう。痛いのは嫌いだ、でも今更回避する方法など思いつかない。ああ、もうどうにでもなれ。私はぐっと目を伏せた。
 
 
「中野!!」
 
 
どさっ
 
 
 
目を開けると電車のドアがぷしゅーと音を立てて閉まって、こちらを見て目を見開いている乗客数名と目が合った。電車が去り際に特有の音を残して発車したのをぼうっとしながら見送ってから、初めて自分を受け止めてくれた相手の顔を見た。
 
「中野、大丈夫か?」
 
私を目の前から受け止めてくれたのは、ここにいるはずの無い源田君。彼の鞄がホームに無造作に投げられているのを見て、私のために飛び出してくれたのがよくわかった。源田君の腕は私の背中に回されていた。助けるためとはいえ私を抱きしめてくれている、なんて意識し始めると顔が熱くなるのを感じた。

立てるか?と差し出された源田君の手を借りて立ち上がると、両膝を擦り剥いていて。それを見た源田君が慌てて謝罪してきた。
 
「すっ、すまない!!俺がもっとしっかり受け止めていれば・・・」
「平気平気。ありがとう」
「平気って言ったって、出血してるじゃないか」
 
正直平気じゃない、怪我は覚悟していたけれど、実際してみると痛いものである。源田君の前で弱音を吐くのが嫌だった。それが伝わったのだろうか、源田君は何も言わずに私を引っ張りベンチに座らせてから、自分の鞄を回収して中身をごそごそと物色する、手に取ったのは消毒液とガーゼ。
 
「沁みると思うが、我慢してくれ」
 
目の前で傅いて私の膝を手際よく消毒する源田君が王子様に見える。これだけの衝撃にも関わらず私の脳は未だ覚醒前らしい。夢心地から抜け出せない。
いつのまにか両膝はガーゼを当てられていて、源田君がこれでよしと頷く。はっとしてお礼を言うと、源田君は真面目な顔をして私を見た。
 
「あまり無茶して走らないでくれ、中野に何かあったら、困る」
 
そう言って少し笑った源田君。その言葉にちょっとだけ、都合の良い解釈をした。
 
 
どきどき。
 
 
このどきどきは、階段から落ちたどきどきですか?
 
 
 
 
 

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