08


「お侍さん、なまえの事をよろしくおねげぇしますだ」
「ああ任せろ」
「なまえを悲しませたらおらおめぇさん方を許さねえだべ!」
「お前にとってアイツは大切なんだな」

「…放っておけねぇだよ」

そう寂しそうに呟いたいつき。
政宗はそんないつきの姿に「好きな時に会いに来い」と告げた。いつきはその言葉にうつむいた顔をあげ、眼をまん丸にさせた。そしてこれでもかというほど顔を上下に振った。







一方なまえは瞳に映る光景に、いつきのように眼をまん丸にさせ己の視界を疑った。

昨日までは気付かなかったのだ。
この異様な人に。人たちに。


まさか、戦国時代に リ ー ゼ ン ト が い る だなんて!

リーゼント…て、ちょ、ま!!この時代にそんな技術があるのか!何これ!何この暴走族!!良いの日本!こんな過去でいいの!?や、やっぱり、違う…よね。フィクションすぎも程があるけど!

「ん?なんだ嬢ちゃん、俺になんかついてるか?」
「…えっ、あ、いや!何でもないです!あ、はは…」

思わず視線を逸らしてしまう。合わせただけで絡まれてしまいそうだ…怖い。とまあ、私はこのリーゼントの方たちによって、ここが日本であって日本じゃないことを実感させられました。







「なまえ、お前そんな召し物持ってたのか?」

突如聴こえた眼帯さんの声。振り返ればそこに眼帯さんが腕を組んで立っていたので私は自然と彼のもとへ小さな足でぱたぱたと足を運んだ。

「はい!私これ好きなんです」
「…そうだな、上質そうなモンだ。まさかお前って姫君か?」
「え!?ひ、姫!?ないです!それはあり得ません!」

完全なる否定に眼帯さんは顔を歪めた。
だってこちとらとしては有り得ないですもん姫君って…ねえ?一般ピープルだった私にはお姫様的存在は有り得ない事柄ですがな。眼帯さんがそう思うほどこの着物ってそんなに高いように見えるのかな。私何も知らないけど。着てたこと自体もね!




「まァいい。なまえ俺の馬に乗れ」
「う、ま…?……っわ、」

ぶるる、と鼻を鳴らし此方を見る馬。私よりも遥かに大きな馬は私に顔を近づけ擦りついてきた。びっくりしながらも甘えてくるような仕草に私は手を伸ばし、馬の顔を撫でた。

「えっと、…よろしくね」

馬は私の言葉に反応し再びぶるると鼻を鳴らす。それが嬉しくて笑った。あちらの世界ではこんなまじかに触れることも少ない。触れるどころか馬なんてこの目にめったに見ないのだからちょっとお得感があった。

「こいつお前に懐いたのか」
「とても可愛らしい馬ですね」
「いつもは愛想良くねーのにな」
「えーそんな事ないですよ。このウリウリした瞳とかキュンときます」
「言っとくがこいつは雄だぜ」
「雄でも可愛いものは可愛いです」

優しげな瞳はとても綺麗。馬に関して分かることはあまりないけれど毛並みがとてもいいと思う。それにどこか優秀そうな雰囲気がする。

「お前の小さな手じゃ振り落とされるから、俺にしっかりつかまっとけよ」
「…え、一緒に乗るんですか?」
「Ah? それ以外に何があるんだ」

俺の馬に乗れって…
まさか、一緒に乗るっていうこと…ですか。





「むむむむ無理です」
「…なんだ照れてんのか?」

私の反応に、ニヤリと不可解な笑みを浮かべ私の顔へ自身の顔を近づけた。整った顔立ちが私の真ん前に来る!美形!なんという美形!

「マセガキ」
「ふが!」

嗚呼、この人は本当にいい人なのだろうか。今更ながら非常に不安になってきました。


「ククッ大丈夫だ、心配することなんざねーぞ」
「よ…宜しくお願い致します、…え、っと」

目の前の男に続きの言葉が出ない。


あぁ、そういえば…
私この人の名前聞いてないんだ。


「すみません。あの、貴方の名前をお聞きしても」
「ああ?そういやお前に言ってなかったか?」

本当に今更だ。こんなにお世話になっているというのに、私はこの人の名前を聞いていない。“政宗様”と誰もが呼ぶので彼の名がそれだとは知ってはいるが。

そう、“政宗”という名前。
…どこかで妙に引っ掛かってた。


「俺ァ伊達政宗だ。こっちが片倉小十郎で竜の右目って言われてるぜ」

私は知っている、と思う。
習わなかったっけ?学校で。聞かなかったっけ?…戦国の偉人だって。



瞳に映る“伊達政宗”と“片倉小十郎”
二人を交互に見、眼帯をつけた男へと再び視線を向けた。


右目を覆う眼帯。
三日月を飾ったかぶ、…と。


 ………!






「だ…て、…伊達…っ伊達政宗!」

思い出した。
この名前は有名な戦国武将の名だ。

目の前に、居る。

大河ドラマで独眼竜として名を馳せた男。
確か奥州を統べたとても偉いお方。

「おい小娘!口には気をつけろ!」
「っは、はいぃいい…!!」

傍にいた小十郎がものすごい形相でこちらを睨んだ。怖い怖い怖い!あまりの恐怖に思わず政宗さんの服を掴んでしまうと政宗さんは盛大に笑った。

「小十郎!子供を怖がらせるなって」
「し、しかし…!」




小十郎さんの言葉を聞く前に、政宗さんは私を肩に担ぎあげ馬へと乗る。それはもういとも簡単に。って私がチビだからですけども。

彼の前に横乗りで座らせられる。
掴むところがなかったので政宗さんの了承のもと彼の服を握らせて貰っている。それだけで私は落ちないと安心できたのだが、政宗さんは私の背に腕を回し更に密着させてくる。落馬しない為だと笑うが私にはどうもそう見えない。彼はこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。私みたいなガキにそんな意地悪なことしなくてもいいのに!この人絶対S属性だ、と思ったのは口には決して出さず心の中にとどめておく。





村を出る準備が整ったのだろう。政宗さんの一声にぱかり、と馬が動き始めた。


電車や車、自転車とは違った揺れ。離れていく村。




「なまえ、気を付けていくだぞ!」

そしていつきちゃんの声。
それと同時に膨れ上がる村人達の声。「気ぃ付けてなぁ!」「風邪ひくんでねーぞぉ」「いつでも帰っておいで」さまざまな言葉が飛び交った。たった短い時間でも私は彼らに愛されていた。





「ありがとう!みんなっありがとうございました!!」


声を張り上げお礼を言う。
千切れんばかりに彼らへ手を振った。

私がこの世界に来て生きれたのは貴方達のお陰。


見えなくなるその瞬間まで私は精一杯手を振った。いつきちゃんもみんなも、私がみえなくなるまで手を振っていてくれた。
私の手に握られる、いつきちゃんから貰ったお守り。別れる間際に渡された大切なもの。
私はそれを強く握りしめ、また再び逢えることを願った。

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