05


「お、お侍さんっ!なまえをいじめないでけれ!つい最近此処に来たばかりで何もわかんねぇんだ!」

返答さえすることが出来ず追いつめられた私に救いの手を差し伸べてくれたのは、さきほど桶と手ぬぐいを持ってくると駈け出して行ったいつきちゃんだった。眼帯さんと私の間に立ちふさがり、それはもう猫のようにフーっと威嚇の声が聞こえるくらいピリピリとした殺気を放っていたように思う。



「Ah-.. もしかしてお前か?」

そんないつきちゃんの姿を見たあと、彼女の背に隠れるようにしていた私がそっと眼帯さんの姿を盗み見れば視線が合ってしまった。心臓がギクリと波打ったのが自分でもわかる。蛇に睨まれた蛙とは私のことだ。

「うわ、さ…だか?」
「光から現れたっつーガキだ」

眼帯さんから放たれた言葉に、いつきちゃんと顔を見合わせた。







「ど、どうして侍がそんなこと知ってんだ!やっぱりおめェさんは悪いやつか!?」
「…噂になってる。今はまだ小さいが、な」

煙の無い所に火は立たぬ。

どこからの情報か分からないけれどそんな噂が立つなんて異質すぎる。めぐる戦乱の世は全土で起こる小さな物事に敏感なのだろうか。


「なまえは怪しいやつじゃねーだよ!おらの大切な友達だ」
「いつきちゃん…わ、私もいつきちゃんのお友達だよ!」

友達と言われたことが嬉しくて、思わず返してしまった。きっと場違いな発言だと思うけどしかたない。



眼帯さんといつきちゃんは互いの瞳を合わせ、それ以上なにも語ることなくまっすぐ見つめていた。それを傍で見ながら首を傾げていれば徐に眼帯さんがこちらへ視線を向けた。


「城へ来い、なまえ」

眼帯さんの提案に私は目を見開き驚いた。この人はいきなり何をいうのだろうか。むしろ頭は大丈夫なのか。何がきっかけでその単語を引っ張ってきたの!?
その言葉にびっくりしたのは私だけではない。眼帯さんの傍らにいたヤのつく職業が似合いそうな男の人が身を乗り出した。

「政宗様!なにを言ってるのですか!?この小娘が他国の忍だったら!」
「んな心配はいらねーよ。お前、こいつがそんな物騒なモンに見えるか?」
「見えません。しかし疑うことも大切です。貴方は一国の主なんですぞ」
「……。いいか小十郎、俺の言葉は絶対だ。こいつを城に連れていく」

二人の言い合いに終止符を打ったのは眼帯の男の名は政宗。そのギラリと輝く視線に頬に傷のある…小十郎と呼ばれた男は開いた口を閉ざした。

「文句あるか」
「…御意」

俺様的な政宗。きっと彼が最も偉い人なのだろう。なんたって“様”付けだもんね、しかも一国の主とか呼ばれているし。
私の世界で様って呼ぶことあまりないもんね。ちょっと…というかすごい違和感だ。

「しかし万が一の為。それなりの処置をさせて頂きたい」
「…あァ構わねーぜ」

そして小十郎さんはまさに偉い人を守る鏡だ。主の意見を肯定しながらも、危険なものの処置は忘れていない。まあ、私は貴方達の言う他国の忍でもないから取り越し苦労だとは思うけれど。



……というか待って。

私連れて行かれること確定ですか?







「よかったななまえ」

それを傍らで見守ってたいつきちゃん。
いつきちゃんは彼らを止めることもせず、肯定の意を示していた。

……わたし…この村にいちゃ迷惑だったのかな。私やっぱり足手まといで邪魔だったのかな。と、ちょっぴり悲しくなっているといつきちゃんが私の頭をそっと撫でた。

「なまえが邪魔だと思ってたわけじゃねぇべ。ただ、お侍さんのお城で暮らせるなら、ここよりも裕福で幸せだべ」
「…っそんなことないよ!幸せってそうじゃない!」

幸せって裕福で決まるものじゃない。過程だよ過程。と、偽善者ぶる私。


「いつきちゃんは…みんなと協力し合って稲穂をたくさん実らせることがことが幸せなんじゃないの?」

お米のことを語るいつきちゃんの優しげな顔が脳裏に浮かぶ。誰かの顔が自然と笑顔になるようなお米を作りたいとか、お侍さんにとっては小さいことかも知れないけれど、それは幸せで溢れてた。
城で裕福できるからってそれが幸せとは限らないよね。自分が幸せと思えばどんな逆境でもそれが幸せ。今まで当たり前だったものが自分の真の幸せだと気づくもの。

「私ね、いつきちゃんが私の為を想ってくれている今も幸せだよ」
「ありがとななまえ。おらの幸せはなまえの言う通りだ。それにおらだって今も幸せだ」



「…なまえがいなくなるのは寂しいだが、お城なら此処よりいろいろ学べることが多いべ」

農村でしか学べないことがある。だけど小さな農村ではこの世界のことを学べることなど限られている。いつきちゃんはそれが言いたいのだと思う。

私の知りたいことを知る良い機会なのだと。



「なまえ、城に着いたらおいしいもん食わせてもらえ」
「でもいつきちゃん!私ずっと厄介になってたのに恩を仇で返してるみたいに」
「ならまた帰ってくるだ。おらはいつでもなまえを待ってるべ」

一生会えなくなるわけじゃない、といつきちゃんは笑う。「元気な私の姿を見ることが何より大切だ」といつきちゃんは私の大好きな太陽のような笑顔を見せた。





――探せるかな、私が、あちらの世界へ戻る方法を。

なんて薄情なこといつきちゃんには言えない。だけど、この世界から離れいつきちゃんに会えなくなる事を考えると悲しくて悲しくて仕方がなかった。

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