04


「てめェら早く怪我人を助けてやれ。俺達が誰のお陰で安心して飯が食えるか、そこんところ理解して今のうちに感謝しておけよ」
「了解っす!小十郎様!」
「他に怪我している農民はいねーか?遠慮なく言えよ」

「お侍さん達も長旅御苦労様ですな。質素なものではありますが、食事をご用意いたしますぞ」
「ああ、すまない。感謝する」


先ほどまで緊張感漂う雰囲気だった村にはそんな言葉が溢れる。いがみ合っていたこともまるで嘘のように農民と武士たちが手を取り合い、声をかける。



今こうして農民に労われている武士たちは力で彼らを抑える為に来たのではなかった。それを証明するように彼らは一度も抜刀してはいなかった。
じゃあなぜいつきちゃんや農民達が泥だらけ傷だらけなのかといえば、いつきちゃん達は彼らとは違う、ここを領地していたお偉いさんと戦っていたそうだ。
武士さん曰くいつきちゃん達は今までそのお侍さんにいいように利用されていてしまっていたのだそう。そんな侍たちと争っているときにこの一揆の噂を聞きつけた(ヤっさん的な)彼らが現れたらしい。けれどもいつきちゃんはそれを第二派と思いこみ立ち向かっていたその時、私が現れたようだ。

この人たちは一揆を起こしたこの最北端の農民達を心から心配していたみたい。
ここを領地していたお偉い人を捕え、この村を自身の管轄内へおいた。そしてあれだけ侍のことを否定していたいつきちゃんの心にも彼らの誠意は届いており、たった今和解したのだった。

その話を聞けば彼らは私が出ずとも和解しただろう。私の必死な努力は頑張り損かもしれない。




けど、あれは無我夢中だった。
そのおかげで私が身に付けていた召し物は途中転んでしまったのもあって泥で汚れてしまった。それは私がこの世界に来てからいつきちゃんにもらった和服。私にはこの和服を着ることができなくていつもいつきちゃんが着させてくれていた。それをいつも申し訳なく思っていたのだけれど私が小さいから着れないのだといつきちゃんも村人も笑って当たり前のように着させてくれた。
この服、結構気に入ってたんだけどなぁ……まあ仕方ない、よね。洗えばまた使えるし。



「なまえ、おらは出てきちゃダメって言ったべ!」
「うっ…ごめんねいつきちゃん」

そんなことを考えていればいつきちゃんの声が聞こえた。
こちらをむっとした表情で見つめるものだから私は思わず縮こまった。するとぽん、と頭に温かなものが触れる。思わず顔をあげ先を見ればいつきちゃんが私を撫でていたのだと分かった。

「だどもなんともなくて良かっただ」
「う、うん!そうだね」

いつきちゃんが笑う。今はそれだけで私は幸せ。
侍が来ると言っていたあの時の真剣な表情のいつきちゃんをあまりみたくない。彼女にはいつでも笑っていてほしい。こんな真っ直ぐな子の笑顔を曇らせることはしたくないと思った。




「…なまえのお陰だべ」
「へ?」

何が私のお陰なんだろうか?
突然の感謝の言葉に私は驚きいつきちゃんを見る。するといつきちゃんはちょっと照れているみたいで、そっぽを向きながら呟いた。

「なまえがいなかったら、おら…お侍さんの声に聞く耳を持ってたかわからねえ」

だからありがとう。
とお礼を言ういつきちゃんはとても可愛らしかった。それが無性に嬉かった。今の私の口はにこりと緩みっぱなしだろう。



「世の中ラブアンドピースってね!」
「…らぶ?なんだべそれ」
「あ、ううん。何でもないよ!」

「それにしても泥だらけだなーなまえは。一度家へ帰って着替え直した方いいべ。…ってなにも履いてねーだか!?」
「…あ」

忘れてた。
いつきちゃん達のことばかり考えてたから、草履のことも忘れてた…私何も履いてない!

「ど、どうしよういつきちゃん…泥だらけ…」
「手ぬぐいと桶に水入れて持ってくるだ。なまえはちょっと待ってけろ!」

そう告げるといつきちゃんは私の前から瞬く間にいなくなる。どうしよう。またいつきちゃんには迷惑をかけてしまっている、と反省すれば自然とため息が出た。







そんな自分の足をしばらく見ていればひょいと私の体が宙へと浮いた。それはもうあっという間に軽々と。地面に触れる感覚がなくなった突然の出来事に私はただただ驚くばかりだ。




「hey! kitty!!」


真正面から声が発せられたので地面からそちらを向けば右目に眼帯をした男の人が此方をみて笑っていた。彼から放たれる隻眼はすべてを見透かしてしまいそうなほど透き通っていて綺麗だな。って…私ってば何を考えてるんだぁああ…っ!ち、近い!!

え、え…と、キティーってあのキャラクターですか?…嘘です。
子猫ちゃんって意味ですね。まさかこんな単語で呼ばれるとは心外です。こんななりだから仕方ないんですね。わかります。わかりますとも。
この世界にきて脳内完結をすることが多くなってきた気がします。嗚呼、なんと悲しきかな。


そして目の前にいるこの男は私の両脇に手を入れ、まるで高い高いをするように持ち上げているのだ。子供ならばきゃっきゃと喜ぶかもしれないけれどこの歳(むしろ精神年齢)で高い高いをやられて喜ぶようなガラじゃないんでね。私は冷めた目つきで見るしかないのです。


「…すみませんが、おろしてもらえませんか?」
「Ha! 愛想のねぇガキだな」

冷静かつ沈着に言った私の言葉に彼は顔をしかめた。いや、ものすごく恥ずかしいんですよ…コレ。照れずに真顔で言っただけ褒めて下さい。


眼帯さんは渋々といったところか、私を抱えあげたまま場所を移動すると自身の腕を下ろし私を地面に触れない高台へと降ろした。けっきょく足を降ろしてしまったので高台が汚れてしまっている。でも、これはもとから汚れている高台でもあるので怒られはしないはず…。

「ところでお前の名はなまえだったか?」
「あ、はい!申し遅れました。お初に掛かります、なまえと申します」

ふと我に返り眼帯さんを見る。
この人は『お侍さん』で私は…『農民』って扱いになるんだよね。と、そんな脳内完結を一瞬にして行えば急いで膝をつき顔を伏せた。


ああああぁああ!

私はな、なな、なんてことを!きっとこの人はとっても偉い人なんだろう。無知な私でも分かる。彼に対する周りの配慮も彼の纏う雰囲気もそうさせてる。私には程遠い身分の高い人なんだろう。

「あの、っお侍様!度々の不適切な発言お許し下さい!」

できるなら罰は与えないでもらいたい。知らない土地だけど私はまだ死にたくない。こんな時代ならば刀でグサリか拷問かそれとも切腹!?…ああ、絶対嫌。そんな一生の終わり方なんてまっぴらごめん!




「love & peace …?」

お咎めの言葉すらなく、彼の口からすらりと流れた単語。その綺麗な発音は私には決して越えられない達者なものである。そしてそれを認めた現代人の私がなによりも悲しい。こんなに綺麗な英語が話せる人がいるなんてすごいなーと内心感心していれば、…あれ、戦国時代って英語流通してたっけ?という疑問が浮かび上がる。

……。流通してないよね。というか農民の子が英語話せるとかまずあり得ないよね。そういう環境が整っていなきゃ…、ねぇ?

ちょっと待って。この人がもしこの言葉を知っているとしたら、私なにか地雷とか踏んじゃったんじゃないかな…?




「アンタ…異国語が分かるのか?」
「い、こくご…?」


ギクリ、

背筋が凍るとはこのことだろうか。



逃れられない空気があたりをまとわりつく。視線を逸らしてしまうのが怖くて、だけれどその強い視線に合わせるのも辛い。



「お前、この村の者じゃねぇだろ。どこの者だ?」


彼になんて説明する?
いつきちゃんは確か、私は光から現れたって言ってたっけ?…いやいや。そんなこと信じてもらえるのだろうか?



無理無理無理!絶対ない!
非現実的すぎる!


「わ…私は…」


唐突のことに私の頭は真っ白だ。いつきちゃんのときとは違った、逃げられない緊張がそこにはあった。

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