03
こだまする足音。
鉄のぶつかり合う音。
今まで聞いたことのない様々な音。
そんな音の数々が怖くて思わず耳を塞ぎたくなる。小さな扉の中に隠れ縮こまる私はなんと滑稽なんだろう。
私は何をしてるんだろう。どうして小さな子供を戦わせているの。これでも私はいつきちゃんより年上だと言いたいの。
今の私はこの姿を盾にして逃げているだけじゃないか。
あんなに小さないつきちゃんが戦っているのに。私はこの戦いから逃げているんだ。
生きる為に、必死に戦っているまっすぐなみんなに対し私は…
私はこれでいいの?……だなんて、いいわけないじゃないか。
私はバカだ。
開けなきゃ。
この閉ざされた暗い世界を。
自分でもわかるほどガチガチと震える指先。伸ばせばすぐ届く扉に何度も躊躇した。怖いけど、そんなことばかりいってられないじゃない。震える手をぎゅっと握り息を大きく吸い込んだ。よし、負けるな私。
「…っ」
はじかれた想いは私の足を、腕を、急がせる。
転んだっていい。
傷ついたっていい。
今は構わず、いつきちゃんの元へ。
彼女の声が聞こえる方へ。
その声を頼りに私は走る。
雪のようにキラキラ光る銀色の髪。今の私より少し大きい子供の背中。
それを視界にとらえ、彼女のもとへ駆け寄った。
「いつきちゃんを殺さないで!」
その状況がどうなっているのか分からぬまま私はいつきちゃんの前へと出た。
「なまえ!?どうして出てきたべ!出てきちゃダメだ!」
ホントにどうして出てきちゃったんだろうね。私が出てきたって何かができるわけでもない。ましてやこんな体、足手まといでしかないよね。
ただ私はいつきちゃんを助けたかった。この村の人達が私を受け入れてくれたから、私だって彼らの為に何かをしたかった。たとえ私が何も出来ない子供でもその気持ちは変わらないから。
「HA!…こいつもまだガキじゃねえか」
「この場に出るとは…大した小娘だ」
目の前に存在する侍の姿。
うわあ…
やっぱり、村人達と違うや。
威厳とかなんかもう恐ろしい要素が沢山ある。怖い。ていうかむしろ彼らはヤのつく職業のように恐ろしい風貌だ。
三日月の飾りを着けた兜に右目を眼帯で覆った男と、髪をオールバックにし左頬に一筋の傷を持った…専ら怖い人。ああ、一人だけでも怖いのに二人かよ。怖いよ。怖すぎる。
「お、お願いします!いつきちゃんも、この村の人達も…悪気があった訳じゃないんです!」
私は彼らに謝ることしかできない。だって私は力もない。対等に立ち向かえる何かがあるわけでもない。
ただ誰もが持つ声と言葉がある。それで向き合うしか方法はない。だけど、これが今の私の最大限の力だ。
「誰も血を流さないで下さい!話し合いで何とかなるものだってあります!」
口から出た言葉はただの綺麗事。
私がただ…みたくないだけ。
戦争も争い事も知らない私だから…のん気に育ってきた平和主事者だからこんなことがのうのうと言えるのかもしれない。だけど、私はそう思うのだから。
ひとつの意見として聞き入れてくれれば私が出た甲斐があるってものだ。負けるな。
いつきちゃんも、村のみんなも身寄りのない私を受け入れてくれたじゃないか。このくらいの行動くらいしなきゃバチがあたるよ。
「どうか…っお願いします!」
「なまえ!お侍さんは何もわかっちくれねぇ!だから戦うだぞ!」
私をかばう為に前に立ついつきちゃん。泥だらけになった体でも未だハンマーは離さず、怒りを彼らへと向ける。
「農民はムシケラなんかじゃねぇだ!おら達がいなかったらお侍さんは生きていけねーだよ!!」
彼女の怒りが背からひしひしと伝わってくる。その感じる痛みがとても苦しい。
「いつきちゃん、貴方の手は武器を持つ為の手じゃないよ」
貴方は優しいから、だから立ち上がった。農村の人達の為に代表となり力の限りハンマーをふるう。
だけどねえいつきちゃん。貴方は人を傷つける道具を本当はきっと持ちたくないんでしょう。
「そうだ。血で手を汚すのは俺達侍だけで十分だ」
「…っ」
私はそんなつもりで言ったわけじゃない。侍の手が汚れてもいいだなんて思っていない。嗚呼、この人はなんて悲しいことを言うのだろう。
だけれど今それを言ってしまえば私は彼らの誰かを斬る理由を否定してしまうし私みたいな子供に言われたくないだろう。それに加え私はこの世界も、何も分かっていないのだから。口を出していいのにも程があるというものだ。
「俺達はお前ら農民を力で鎮圧しに来たんじゃねぇ」
腰につく刀(ろ、六本!?)に手を置きながら眼帯を着けた侍はいつきちゃんへと歩みよった。
「俺達が刀を振るうのはお前達が幸せに暮らしていける平和な日ノ本を作る為だ」
「っお侍さんの言うことなんか!おら達農民を蔑ろにしてたお前さん達のことを信じろってのか!」
「確実な保証は出来ねぇ。だが、約束する。お前達が幸せに生きれる世の中にすることを。だから信じてくれねーか?」
まっすぐな瞳はいつきの目を射抜く。その誠意のこもった決意は嘘偽りのないものだと私は思った。
「こんな状態に追いつめられるまで必至だったんだな。もっと早く気付かなくて悪かった」
「……っ、」
侍の言葉に、いつきちゃんは手に取っていたハンマーを落とした。
ごとりと重量感のある音が響きいつきちゃんの地面にポタリポタリと水が落ちる。それがいつきちゃんの涙である事に気づくのに時間は掛からなかった。私がいつきちゃんの服を背から掴むと彼女は此方を振り向いて私の小さな体を抱きしめた。少し強い力だったけれど痛くはない。
嗚咽とともに聞こえるいつきちゃんの小さな声に私は小さく微笑んだ。
いつきちゃんの過去に何があったのかは分からない。だけど、いつきちゃんに「お疲れ様」と小さな声で囁き私の小さな手のひらでいつきちゃんの背中を撫でた。