26


はい。わたくし迷子になりました。

でもそんな状況下におかれても泣くことも慌てもしない。だって私は大人であるから。あ、体じゃなく脳が。
そんな私は街へと戻ろうと思ったけど、どうせ場所なんて覚えてないし戻れる自信もないので川辺に腰をおろしてます。それに歩きすぎて疲れたっていうこともあり休憩中です。


ふと見渡せば近くには桜の木があるみたいだけど、その木に花びらは殆どない。春はもうすぐ終わるかなと思えば残念に感じてしまう。終わる前にみんなでお花見したいなぁと考えれば自然と笑みがもれた。手のひらを前へ出しまずば親指を折る。「政宗さんとー」と始まるカウント。小十郎さんと喜多さん、それから春ちゃん。できればいつきちゃんも誘ってみたりして…、それと伊達軍や女中さん全員とか。
指を折るだけじゃ足りないくらい溢れる人の数。この折った指ひとつひとつがこの世界の人。私の新しい大切な人達。

私はある意味グローバルな人間になった。あちらの世界とこちらの世界。大切な人が両方にいるんだ。そう思うと嬉しくなると同時に悲しくなる。だって無性に会いたくなってもどちらか一方は会えないのだから。






そんな中だ。かさり、と草の音がした。それは紛れもなく私の傍に止まり、影をつくる。

「お嬢ちゃん、ひとりでどうしたのかな」

上から注がれる問い掛け。
ゆっくりとした動作で声の持ち主を見上げ、指を折ったままだった両手を戻し固まった。

「ご両親とはぐれちゃったのかい?」
「一緒に探してあげようか」

三人組。
ガラが悪そうとか人相がどうのってわけじゃないけど、着流しを着崩した格好をし腰に刀を携えるちょっと怖そうな男達。伊達軍の彼らで少しは慣れたつもりでいたけど彼らは違う。表情は笑ってるけど目が笑ってない。



「だ、大丈夫ですご心配なく」

私にだってわかる。
彼らの笑みが作り物であること。何を目的に私へ声をかけたことも。それから、私の足じゃ彼らから逃げられないことも。

「もうすぐ知人が来てくれますから」

政宗さんも小十郎さんもきっと私を見つけてくれる。大丈夫。自意識過剰ではないけど、政宗さんも小十郎さんも私を探してくれていると自信持っていえる。

「大丈夫大丈夫。俺達怖くないから」
「そうだ飴たべるかい?食べながらご両親を一緒に探そうか」

寂しさから物の欲しさから、子どもならばついて行ってしまいそうな言葉。実際出される鼈甲色の飴がキラキラ光って舐めたら甘くて美味しそうなやつだ。……ってだめだめ。食べ物の誘惑はなんて恐ろしい。

「ご心配ありがとうございます。でも、ごめんなさい」

うぅ…っはやくきて。
政宗さん、小十郎さん…



この場から離れず彼らにいやいやを繰り返せば舌打ちが聞こえた。
これ以上長居はしくないのだろう「めんどくせぇ」と呟き腰に携えた刀に手を触れた。

「……っ、」

いまにも鞘から引き抜こうとする男は私の表情に怪しげな笑みを向ける。

「おや、嬢ちゃんにゃコレの怖さがわかるのかい?そりゃ好都合だ」

まだ刃を見ていないというのに体が自然と縮こまれば、それを好機とした男が私の腕を掴んだ。ぎちりと握られた腕に体が奮え恐怖心が増す。

「可愛いお顔に怪我したくなきゃ大人しくついてきてもらおうか」
「きっとこいつぁ上玉の姫君だ。いくらぶんどれるか今から楽しみだな」

人拐い。頭で分かってるのに成す術がない。また…また、迷惑をかける。できるならば政宗さんにも皆にもこれ以上迷惑をかけたくなかった。





だから願った。


この人達から離れたい、と。



そんな時だった。
私の体を纏うように吹き荒れた風。荒々しいそれに花びらが舞い男へと襲い掛かったのだ。


「いっ…!?」

すると私の腕を掴んでいた男の手が離れ、自由になった。


「なに離してんだよバカ!逃げたら面倒だろーが!」
「くそっなんだコイツ!変な妖術でも使ったのかっ!?」



自分でも分からない。


何が起きたのか。





───とにかく逃げなきゃ、


だけど私の本能は考え込むよりも先に走り出した。今しかチャンスはない。できるだけ時間を稼がなきゃ。


いつになく猛スピードで掛ける。こんな小さな体じゃ私の速さなんてたかがしれている速度だけど!でも走ったときのギャップとは酷いもので…気持ちだけが空回りし足がもつれバランスを崩し地面に落ちる体。近づく地面に目をつむった。




「はぐっ…!」




なんでこうベタなの…!


顔面が地面にぶつかり砂が巻き起こる。
逃げなきゃいけないのに。捕まったらまたみんなに迷惑をかけちゃうのに。ああっもう!こんなお約束展開なんていらないの!私の馬鹿!おいしくないよこんなの!


「これだからガキは面倒クセェんだ」

逃げられない。だけど諦めない。うだうだしてても何も始まらない。助かるものも助からない。

なのにもう逃げる手段がない。



どうする…


どうしよう…


このままじゃ、



「はいっごめんよー!!」


そんな時だった。
私を取り囲む男達を足蹴にして現れた人。青い装束を着た彼がゆっくり此方を向く。



聞いた覚えのある声だ。

私はこの人を知ってる。



「久しぶりだね!なまえちゃん」
「し、成実様!」

私の声にニッと笑みを表情いっぱいに溢れさせ、笑う彼は伊達成実さん。政宗さんの従兄弟だった。


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