22


(政宗視点)


なまえが来てこの城は少し変わった気さえする。

あいつには俺達が持っていないようなモノがある。それはこの世界で異質である為に纏う雰囲気か、それともなまえがもつ独特の何かなのか。よくわからないがその変化は嫌じゃないそれだけは確かだ。

らしくないような考えに無造作に髪に手を当てくしゃりと乱す。ふう、と息を吐き捨てゆっくりとした足どりで城内を歩く。今日もまた小十郎にせがまれ執務の仕事を一通り済ませたあと休憩がてらに縁側を歩きながら外の景色から視線をそらし、ふと前方を見ればなまえ専属の女中である春の姿が目に入った。春はまだこちらに気づいてはいないようであたりをきょろきょろと見渡しながら歩いていた。俺から見れば明らかに挙動不審なその行動は疑問を抱かざるを得ない。

「なにしてんだ?」
「!!ま、政宗様!こんにちは!」

そんな春が俺の存在に気づき慌てた様子で頭を下げた。こいつはいつも俺と目が合うと吃驚した顔を浮かべるなと思えばクツクツと笑みがこみ上げた。


「そういや、アイツはずいぶんとお前に懐いているようだな」
「あ、はい!そう見えるのならばとても嬉しいことです」

アイツという呼び方でも春は疑問に思う事もせずすぐさま反応してみせた。

なまえの世話役は小十郎の姉、喜多に一任した。俺が適当に指名するより女中の仕事に携わる彼女に任せた方が適任だと考えたからだ。そうすれば喜多はこの春という女になまえの世話役を任せた。幼いなまえと歳の一番近しく素直な性格の春を適任と選べば、喜多の思惑通りなまえと春はとても相性が良かった。
春の後ろをちょこまかと歩くなまえの姿がこの城内で確認されているそうだ。それはまるで母親についていく雛鳥にそっくりだと誰かが言っていた。


「なまえ様は不思議なお方ですね」
「不思議、……ねぇ」

春がそう思うのも無理はない。突然俺がこの城へ連れてき、尚且つ妹だと宣言し、春は知らないだろうが挙句にあいつはこの世界の住人ではないというのだから。なまえに対し“不思議”という疑問を抱くのになんら支障はない。

もともとあの村へ赴く時に子供がひとり光から現れたという噂を耳にした。根も葉もなく突如浮上した噂に半信半疑であったが、なまえの姿を見てなんとなくウソではないと思った。だからあの時「光から現れたガキはお前か」と聞いてみたのだ。否定しなかったその噂に興味をそそられた俺は「この城へ来い」と言った。まさにそれは俺の“気まぐれ”だった。……“気まぐれ”ではあるが、いつか光から現れたというなまえが俺達にとって危険因子となる存在になるならば目に届く場所に置いておいた方がいいとの理由もある。小十郎もそれが分かっているからこそ、強引に否定を述べなかったのだろう。

噂というものは恐ろしいものだ。俺も、いつきも村の住人もそれが分かっているからこそ、それがなまえを守るための得策であると気づいていた。俺の意見に否定することをせず「なまえを宜しく頼む」と頼むいつきと村の者達の目は真剣だった。


「──宗様、政宗様?如何、なされましたか?」

つい最近、アイツとの一番初めの出会いに思い廻らせれば春が俺の名を呼ぶ。それに気づき視線を合わせれば俺はひとりでだいぶ考え込んでいたようだ。

「sorry. 気にすんな、なんでもねぇ」
「よかった…。返事がありませんでしたので心配致しました」
ほっと息をついた春は安心したような表情を浮かべる。そんな春の姿に黙り込めば春はこちらを見つめきょとんとした表情を浮かべ俺の名を再び呼んだ。閉ざした口を開き息をはく。

「春、あの仕事は終わっていいぞ」
「!…本当ですかっ?」

たったそれだけの言葉にぱっと笑顔を見せる春。

「ああ、本当だ。今まで悪かったな。小十郎には俺から言っておく」
「そんな!謝らないでください!これも私の勤めだったのですから…」

実をいうと世話役と同時に春はなまえの監視役としての役目も持っていた。しかしなまえは尻尾を出さない。いや、しっぽがなかったといった方が正しいのか。他国の諜の可能性というのは無いと結論付ける。
そしてなまえの口から未来から来たのだという話を聞いた今、これ以上の監視は必要ないだろう。疑わない。俺はあいつの言葉を信じる、ただそれだけだ。






「春、もしもあいつが俺達と違う存在だったらどうする」

ならば春はどうするのか。未来から来た子供だと告げればこいつはなまえを見捨てるのだろうか。
俺の知る限りなまえは臆病だ。だから春に己が未来からきたことを話していないと推測する。もし話していたとしても春は俺に告げているはずだ。

「…?違う、存在…ですか?」
「ああ」
「どうも致しませんわ」

間を開けるでもなく春は一言告げた。迷いのないその答えは簡潔でいて真っ直ぐな意思が伺えた。

「だってなまえ様はなまえ様ですもの」

ふわりと微笑んだ春。ウソのないだろうその表情はとても温かいものだ。

「…。そうか。春、これからもなまえを頼むな。あいつはお前を頼りにしてる」
「ふふ。政宗様、なまえ様は政宗様のことをお話になるととても幸せそうなお顔をするんですよ。なまえ様もまた政宗様を心から信頼しております」
「………。」

まさか春からそんな言葉をもらえるとは思わずそくざに春から目を背けた。やけに顔が熱い。今自分の顔は明らかに赤いだろう。どうして赤いのかなんて俺でもわかる。“なまえから頼りにされている”…その言葉がきっと嬉しいのだ。

「Ah-…thank you、」
「さ、?さんきゆう…?」

俺の言葉を復唱しながら顔を傾げる春。素直に日本語で告げられない俺は尽く阿呆だ。





「あ、いけない!」

そんな中、春が何かを思い出したかの様に声を出した。その言葉に続くのは「なまえ様はいったいどこにいるのでしょうか…」というものだ。

「アイツがどうかしたのか?」
「鬼事をしているのです」

また子供らしい遊びをしているなと言えば春は結構楽しいんですよと笑顔で語る。




「あ、あのっ、政宗様…」

突然よそよそしく俺の名を呼び遠慮じみた声を出した春はどこか緊張した様子だ。顔を向け続きを促すように視線を合わせれば春は静かに口を開く。

「不思議な気がいたしますが、私にはどうもあの方が子どもには見えないのです」

それは唐突なものだった。
確かに、今まで何度もこいつが子供らしくないとは思った。

「それは女の感か?」
「それもあると思います。ですが政宗様も私同様不思議な気持ちになりませんか?」

今まで一緒に過ごしてきて、今でもこうやって子供らしい遊びをするのに、彼女の行動は何かが違うと。

「不思議ですよね。子供のようで大人でないような、大人でいて子供でないような……なまえ様と一緒にいるとそんな気持ちになります」

同世代の女の子と話しているような…とも語り、それは俺にとっても納得せざるを得ないものがあった。あんな小さななりで思いつかないことを考え行動する姿は疑うべきこと。


「ではこれで私は失礼致します」

再びあたりを見回し歩き始める春。
その背中を見つめ、俺は再び城内を歩く。…本来はもう執務へ戻らなきゃいけねーが、見つからない限りまだ平気だろう。小十郎に見つからないよう城内を散策していれば角で小さな背中を見つけた。身をかがめ精一杯存在感を薄くさせようとしているのだろう。ああ、そうか。こっちは逃げる側だったな。

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