20


なんとなく夜風に当たりたくなり襖を開き部屋の外へ足を踏み出した。
真っ暗で誰もいない廊下はとても静かで虫たちのころころとした声が聞こえるだけ。冷たい風にあたり落ち込んだ気分を和らげていれば、聴こえてくるひとつの足音。

「なまえ…?」

嗚呼、最悪だ。


真っ暗な空間にゆらりゆれる炎。
その淡い炎に照らされみえるのは政宗さんの顔。いつもように青色の落ち着いた着流しと、羽織りを肩にかけ彼はそこ居た。彼の右手に淡く光る灯は政宗さんの顔をよく映し、暗かった空間をすこし彩らせた。

「どうした?眠れないのか?」

私には彼の顔が炎に照らされよく見えるけれど、彼から私の顔は真っ暗でほとんど見えていないだろう。夜、コンビニの明かりで中がよくみえるのにコンビニ内から見た外の景色は見ない…そんなものだ。

ゆっくり、こちらに向かってくる足音。迫り寄る政宗さんに背を向け走り出した。

「お、おい!どこいくんだ!?」
「かっ厠です!」

耳に掠める彼の声。
思わず走り出したのは政宗さんに涙を見られるのが無性に恥ずかしかった、ただそれだけ。とっさに思いついた言い訳を口にし私はただ真っ暗な世界を逃げる。
いそいそと走る私の足は思うほど速度が出ない。足を出せども思ったように先へは進めない。まだ昔の感覚が抜け切れていないためか、この速度の遅さに余計疲れる。走り疲れはぁと息を漏らし空を見上げた。



改めて思う真っ暗な世界。それに合わせて丑三つ時という時間帯も重なり恐怖心が増す。ああもうどうして起きた私。なんでこんな時間に飛び出したりしてんだろう。少しの恐怖感を覚え背後を伺うが政宗さんの姿はない。ぽつんと残された孤独感。やっぱり一人って怖いなぁ、と他人事のように苦笑する。

そんなときふわりと風が吹く。髪を揺らし流れる風に伴い桜が舞う。あれ、桜なんてこの辺にあったっけ?と視線をよせればそれは私の周りをくるくるまわりまた空へと消えていった。それは私の心を和らげるかのようで私の顔は自然と綻び心が温かくなった。


「もう……大丈夫かな」

涙は引いた。いつものように笑える。ピークを過ぎ去ってしまえばそれはウソみたいに思えるほど、私の心は落ち着きを取り戻した。


「うー…私の泣き虫…」

腫れぼったいだろう目じりは仕方がないだろう。泣くとはそういうものだ。もし聞かれた場合にそこは適当に誤魔化さなきゃならない。
少し面倒そうだと思いながら部屋へと足を進める。いい加減寒いし、誰かと遭遇するのもよろしくないし、今ならば眠れるだろうし…。

城内で迷うほど方向音痴ではないので部屋には戻ってこれた。だけど閉じた襖を開き部屋へ入ればそこには“彼”が居た。出来るならば会いたくなかった彼が。



「どうして泣いてた」

真剣な顔つきで私を見つめる彼に私はただ固まった。

「な、泣いてませんよ」
「ウソつくな馬鹿」

政宗さんがいる。
どうして此処にいるんだろう。どうして私が泣いてる事に気づいたのだろう。と政宗さんが座る、私のふとんを見れば未だ乾ききれていない湿ったようなあとが見えた。水、とか言い訳を考えもしたが…こんなピンポイントな部分に水が落ちるわけない。政宗さんにはきっと通じない。

「そ、それより政宗様はどうしてこちらに?」
「俺が城を歩き回ってちゃ悪ィか?」
「そんなことないです!ただちょっとびっくりしただけで…あ、そうだ政宗さ…」
「なあ、なまえ」

だからこそ話をそらそうとしてみたが、私の名前を呼ぶ声がずしりと重くのしかかる。名前を呼ばれることなんていつものことなのに今だけは何かが違う。何でしょうか?その一言さえ言い難くじっと政宗さんの言葉を待った。

「なにを隠してんだ」
「え?あの、?」
「そんなちいせぇ体でなにを殺してる」
「…!わ、私、政宗さんが思うようなことは何も」
「なら何故今のお前はそんな顔してんだ、笑ってると思ってんなら大間違いだぞ」
「…っ!」
「目ェ赤くして戻ってきてよ。何でもないだあ?ンなわけねーだろ。ガキはガキらしく甘えてもいいんだ」
「ち、違い、…ます!わ、私は…っ小さく、ないっ!甘える歳じゃないんですよ…っ」

思わず出た私の声。自分でもびっくりするくらいに夜空に響いた。

「あ、の、ご…ごめ、んなさ、」
「Ah--…悪かった」

私の言葉をさえぎるように、政宗さんの声が重なった。
悪くない。政宗さんは何も悪くない。ただ私が意地っ張りなだけで勝手に怒っただけなのに。頭では分かってるのに。謝罪を言うべきなのは私なのに。…なのにもう一度声に、出せなくて。

「子どもとか大人なんて関係ない。隠さず甘えてほしかったんだよ。どーせ未来でも思い出してたんだろ?」
「…っ」

どきりとした。
核心をつく声に私の考えなんて政宗さんにはすべてお見通しなんだ。

「お前はひとりじゃねぇよ。俺がいる。いや、俺達がいるんだ」

だけど、嬉しい。

「感情を一人でため込むな馬鹿」

欲しかった言葉を、私のこの不安な心を、救い上げてくれる貴方が優し過ぎる。だから甘えたくなる。

「形だけだが、お前は俺の妹だぜ?可愛い妹を心配しない兄はいない」

私は与えてもらっているだけで何も返せないのに。

「よくよく考えりゃ俺はお前のことをたいして知らねぇんだ。だからなまえ、お前のこと教えろ。お前の不安な気持ちもぜんぶ話してくれ」
「…わ、…私だって、政宗さんのこといろいろ知りたいです…!それと、私が…悲しくなったときは傍に居ても、いいでしょうか」
「ああ。頼まれなくてもいてやるよ」

上手く言葉を交わすことができない私だけれど、必死に言葉を繋ぎ政宗さんに笑顔を見せる。すると政宗さんも笑って私の心は温かくなった。だから同じように政宗さんの心も温かくなっていればいいなと思う。


「ありがとうございます、政宗様」




(いつか消えてしまうかもしれないのに家族と呼んでくれる貴方に私は救われるんだ)

政宗さんと一緒にふとんへ入り私は再び眠りへとつく。もう不安な夢も向こうの世界を想う寂しさも思い出す事はない。もう私はひとりだなんて考えないだろう。貴方が私の傍に居てくれる限りそれはきっと。

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