15


あいつは今どこにいやがる。


執務の仕事の合間に足を運んでみたなまえの部屋には、既に誰もいなかった。



居ると思っていた奴がいないと調子が狂う。まだこの城へ来たばかりなのにあいつはどこに行ったというんだ。小十郎が朝方畑に行き今がのんびりできるチャンスというのに。と思えば政宗の口からチッと舌打ちが出た。




──アイツと暇つぶしをと思ったのに、つまらねぇ。

そんな感情を政宗は面倒くせえと吐き出し自室へと戻ろうとしたそんな時、ふと外から聞えてきた声に耳を傾けた。








「なまえ様顔が泥まみれですぞ」

それはよく聞き覚えのある声だ。

「え!ほ、ほんとですか!?」
「いったいどうやったらそこまで汚れるのか疑問なのですが…」

声のする方へ視線を向ければ映る彼らの姿。


小十郎となまえ、二人の姿。二人とも遠目で見ても服が汚れていることがわかる。


「つ、次からは気をつけますね」
「そうしてもらえると助かります」


いないと思っていたなまえは小十郎について行ったのか。つい先日まであれだけお互い苦手そうにいた二人がなぜあんなに楽しそうにいるんだ…と、いきついた疑問に何故か苛立った。


一向に此方へと気づかない彼らに政宗は口を開く。



「お前らなにしてたんだ?」と。









すると政宗の声にいち早く反応したのはなまえ。

彼の方へ振り返りニコリと笑うなまえの顔は泥まみれ。それを小十郎が「動かないで下さい」と慌て手ぬぐいで汚れをふき取っていた。が、それをすらりとかわすと政宗のもとへ一直線へ走る。

「政宗様っこれ見てください!」
「なまえ様!そんなに走られては転びます!」

手には冬に成長し損ねたのであろう冬野菜の定番である大根を持ち、よろよろとした足取りで駆け寄る姿はとても愛らしい。


「大丈夫ですよ〜ってわあぁあ!」

小十郎の忠告もお構いなしに走り続けた結果、なまえは足もとに転がる石に躓いた。
「あ!」とどこからともなく誰かの声が叫ばれる。


なまえが地面へ倒れこむその瞬間に、彼女と地面の間に入り込んだ。











「バカ!怪我したらどうすんだ」


頭上で自身を怒る声。
地面とぶつかる感触もなくただ体に触れるのは青い着流し。ごつごつとしたものに体を囲われ、なまえは己の状況を理解した。

倒れ込んだ彼女を支えたのは政宗だった。それに気づいたなまえはその場から飛び起きようとしたが、政宗さんの腕の力が強くそこからどく事が出来ない。政宗さんはなまえを抱きしめたまま立ちあがってから体をそっと解放した。


「ご、ごめんなさい!!」

なまえの代わりに政宗の背が地面へとついた為に彼の背中から砂が舞う。その姿に自分は大変なことをしでかしてしまったのだと思い知らされる。




「政宗様!お怪我はございませんか!?」
「ああ、問題ない。ちィっと砂被っただけだ」

二人の会話を下から見上げ口を紡ぐ。小十郎が政宗の怪我の有無を確認したあとすぐさまなまえの方へ膝を折り向き直った。怪我がないかの有無を聞いてくる小十郎の声に、顔を横に振れば彼はほっとした表情を見せた。

自分が怪我をするのならいい。それは自業自得で納得できることだ。なのに自分はこの城主を巻き込んでしまい、また小十郎さんも困らせてしまった。

「こンのじゃじゃ馬!」
「…か、返す言葉もありません」


政宗の言葉になまえはただ頭を垂れるばかりだ。


怒られるだけで済まさるならそれはとても有り難いこと。

この城を追い出されても文句は言えないだろう。





「本当に、ごめんなさい」


今のなまえには謝ることしかできなかった。









いつもの元気を失っているなまえの謝罪。

今起こったことがいかに大変なことか、幼いなまえは彼女なりに理解しているようすが伺えた。政宗と小十郎は顔を見合わせ頭を垂れたまま動かないなまえを見下げた。

大人びた姿を見せるなまえはとても感情の表わし方が独特だ。笑いたいときは笑い悲しい時は悲しそうな表情をみせ活発に行動する、それは子供らしく素直な仕草。だが自分のせいで誰かを巻き込んでしまうその悲しさに深く反省しているのだ。
それほど自分を追い詰める必要などないと思うのになまえは人一倍敏感なのだと彼らは気づく。何かをして誰かが反応することの、その“反応”を気にし過ぎている。





「で、これはどうしたんだ?」

俯き黙り込んでしまったなまえの顔を覗き込む政宗。目の前に現れた顔になまえは吃驚しながらも、かすれるような笑顔を浮かべ手に持っていた大根を見つめる。

「こ、小十郎さんと一緒に畑に行ってきました」
「なまえ様はとても根性があります。大人でも根を上げそうな作業を黙々とこなしておりました」

土を耕し、根を張った雑草を抜き、水を与え、程よく実った作物を収穫。

非力ななまえに畑を耕すことは無理だが、それ以外は手伝うことができた。小十郎の畑はとても広く、さまざまなものが植えられており見ているだけでも楽しかったほど。そして小十郎の手に持つ大きなカゴの中には今の季節の春野菜として菜の花やふき、えんどう豆、南蛮のアスパラなどが入っている。そんな季節を感じる畑に、まだ冬野菜の大根が一本。なまえが今し方手に抱える成長し損ねたらしい季節はずれのそれはなまえと小十郎が協力して採ったものだった。




「へえ…小十郎、お前なまえを連れてったのか?」

「勝手にお連れしたことお詫び致します」
「っ小十郎さんは悪くないんですよ!私が無理やり連れてってもらったんです」

政宗の言葉に、小十郎が処罰されてしまうのではないかと焦りを抱いたなまえが身を乗り出した。彼は悪くないという少女の顔つきはとても真剣そのもの。


そんな表情を浮かべているなまえに対し政宗は笑う。



「今日の飯はこの大根を使うのか。一段と上手い飯が食えそうだな」

政宗はなまえの頭をひと撫でし、彼女の持っていた大根を手に取った。なまえが持てば大きすぎる大根も政宗が持てば普通の大根。

「次は俺も誘ってくれよ」



にやり、としたニヒルな笑みを見せ彼は背を向け歩き出した。


そんな彼になまえと小十郎は一度顔を見合わせ笑う。前を歩きゆく政宗へ二人もまた足を進めた。

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