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「小十郎さん、お早う御座います」


頭に手ぬぐいを巻き、袖が落ちないよう紐を結び、今、外へ出ようとする彼を呼び止めた。振り返る彼の姿は今、戦場に出るような格好ではない。畑に赴く為の姿をしている。

「一緒に畑へ行きましょう!」

そして私もまた、小十郎さんと同じように手ぬぐいを頭に。春ちゃんに頼み込んで動きやすい格好で小十郎さんを見つめた。



そんな私の姿に彼はぽかりと口を空けたまま何も答えない。まるで心此処に在らずっといったところ。

「ウソだと思ってたんですか?」
「……」

開いた口を閉じ真顔でこちらを見つめる小十郎さん。

「…申し訳ありません」

呟かれた謝罪は肯定の意を示した。






「小十郎さんの知るお姫様がどんな人達だとかわからないけど、私は自分の言ったことはしっかり守ります。口約束は約束のうちに入りません」

気合満々で話す幼児って傍から見たらどんなもんなんでしょうか。本人にはわからないんですけど、やっぱり違和感ありまくりなんでしょうね、ハハ。


「それにいつきちゃんの村で小さいからってお手伝い断られてたんですよ。これ以上動かないでいたら体が鈍ってしまいます」

幼児だから体が鈍るの関係ないんじゃない?と思ったら負けです。頭は大人なんですから、だめなんです。動きたくて動きたくてどーしようもないんです。
あの村では言われたことに従い迷惑をかけてはダメだと私の中の何かがストッパーとして止めていたこともあった。それは私がこの世界に深くかかわらないようにするためか、それとも遠慮のためか…理由は分からないけれど止まっていたのだ。だけれどそれは“私”じゃない。迷惑がかかるからとかそんなの私らしくない。
それにやっとこの身体に慣れてきた。前とのギャップを埋めることができたから少しはマシに動けるはず。



「ですがやはり姫君のお手を汚すわけにはいきません」

諦めない私と、頑なに手伝いを断る小十郎さん。彼とは出会って以来いろいろと平行線が続いてしまう。

「私の手は飾りではないしさまざまなモノを触る為に在ります。それに私達の命を育む食材を手入れするのは素晴らしいことですよね」

土は汚れていないと分かっているのは作物を育てている小十郎さんが一番分かっていることのはず。そんなに姫という立場が邪魔をしているのならそんなものいらない。私から政宗さんに直談判して捨ててしまいたい。
そんな私の熱いこの思いを受け取ってください小十郎さん!私は動きたいんです!と、真剣な目を向けていれば熱意が小十郎さんへ伝わったのか彼はフッと息を漏らすとこちらへ向き直った。

「貴方は不思議なお方だ。こんなにも幼いのに立派な考えをお持ちですな」
「……立派、ですか」



おさない


ちいさいのにりっぱなかんがえ




「なまえ様?」
「あ、な…なんでもないです」



私は幼くなんかない。


ましてや、この世界の人間でもない。




私は、騙しているんだ。
優しい彼らを。



「小十郎さん。私って変ですよね」


この体に似合わない言動。
光から現れた私。

そんな不可解な噂を持った私は正体不明。なのに誰も、私の口から無理やり真実を聞こうとしない優しさ。






───どうしてここにいるんだろう?
正直深く考えた事もなかった。あまり意識したこともなかった。でも、一度考えてしまったらその謎は私の脳内を渦巻き、思考回路を遮断させる。

───どうやって此処にきた?
分からない。考えるとずきずきと頭が痛い。向こうの世界のこと、しっかりとした記憶はあるのに最後が思い出せない。ここへ飛ばされてしまったときの記憶がなにも…



気持ち悪い。
思い出そうとするだけでドクリと、全身の血が駆け巡るこの感覚が。苦しい。






「…なまえ様、この小十郎の戯言を聞いていただけませんか?」

突如、小十郎さんは真っ直ぐな真剣な目で私を見る。そんな彼に自分の思考は遮断され、私がただそれを黙って見ていると彼はそれを肯定と受け取り閉じた口を開き語り始めた。


「俺は貴方のことをただの常識のない小娘と思っていました」

それは出始めのアレが悪かったのか…。小十郎さんが仕える政宗さんを呼び捨てにしてしまったことや、うんぬんかんぬん。…今考えれば失礼なことばかりしてしまっている気がする。そうだよね大好きな人(ニュアンス違うと思うけど)をそんな風にされたら嫌だもんね。そう思えば思うほど小十郎さんに対する申し訳なさが増幅する。



彼の顔を見ていた私の顔は次第に下へ下へと下がってしまう。意識などせずに勝手に。



「しかし、今は違う」

だけど彼の言葉に私は俯きかけた頭を上げた。

「貴方は優しい心の持ち主だ」

見上げた小十郎さんの表情はいつにもまして朗らかで、そんな表情から目が離せず彼に見とれてしまっていた。


「姉上に…いえ喜多にも一喝されました。怪しむばかりではなく己から歩み寄れ、と」


彼の言葉に対応しきれず固まっていると小十郎さんは突然立ったままだった姿勢を変え膝を折り私に頭を下げた。




「なまえ様。今までの暴言の数々を心よりお詫び致します。この小十郎、どんな処罰でも重んじてお受けする覚悟ができています」

これが、この世の習わし。
身分の上の者に意見を言うには自身の処罰を受けることや命をかけるということもある、ということか。私はまだこの世界を理解などしていない。私のたったひと言が誰かの命運を分けることだってあるその事実を。

「小十郎さんの立場を私なりにわかっています」

己の頭を横に振り彼に頭を上げるように告げた。視線が合う小十郎さんにほほ笑みかけ彼の傍へ歩み寄った。膝をつく小十郎さんと私の視線は近い位置にあり彼の顔がよく見える。左頬についた傷痕もくっきりと。


「だからこそ、ご迷惑をおかけしてしまい本当にごめんなさい」

一国を統べる政宗さんは奥州で最も大切な方。そんな彼に危機が及んでしまってからでは遅いから、小十郎さんのような家臣が政宗さんを守らなくてはいけない。だから突然現れた私を疑うのが当然でそれは同時に政宗さんを守ることにも繋がる。





「でもそんな小十郎さんに処罰をひとついいですか?」

そんな遠慮染みた問いかけに小十郎さんは私の瞳をまっすぐ見つめ頷いた。





「処罰は私とお友達になることです」
「と、友達、ですか…?」

だけど、次の言葉で間の抜けた様な声が彼の口から漏れた。


私の知らない間にたくさんの事が決まってしまい未だ心も気持ちもついてきていない。私としては今までこの様な扱いを受けたこともなく、ましてや現代じゃない場所だ。実際問題不安で不安で仕方がない。政宗さんと小十郎さんが互いに対し信頼を寄せるように、私も小十郎さんを信用してる。
この時代の人たちに、そして政宗さんに粗相のないように、小十郎さんにいろいろなことを教えてもらいたい。




「見た目は幼いですが、これが私なんですよね。そんな私と友達になってください」

それと変な性格ですみません。と付け足しながら。いつかは貴方と偽りのない私のままでお友達になりたいけれど今言う勇気が私にはなくて。

小十郎さんが見てきたとおり政宗さんの本当の妹ではないし、立場としては下位に属しているといってもおかしくない。だからこそ上下関係とか年の差とか私にはあまり必要ない線引きだ。だからこそこの世界の習わしを含め、貴方と妥協するラインは“友達”でいてくれということ。



小十郎さんの前へ差し出す小さな手。貴方はそれを見つめ、「仕方の無いお人だ」と顔を歪ませながら自身の手を重ねた。


「この俺で良ければ、喜んで」

小十郎さんとの小さな蟠り。
それがお湯に沈む角砂糖のように、ゆっくりゆっくりと溶けてゆくのを実感した。





(いつの間にか頭の痛みは消えていた。だけど、疑問の解決なんて出来なかった)

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