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私は政宗さんから与えられた部屋に暮らすことになった。しかも一人部屋の和式です。私ひとりなのに凄くひろいんです。そんな部屋を目の前にひとり口をあけポカンとしていたときに政宗さんが「一人は寂しいか?」とからかうのでそんなことはないと言っておいた。…ホントにSっぽいよこの人。
床に敷かれる畳からはとても良い香りが漂っていたりして思わず深呼吸をしてしまいます。こんな部屋を見たり、一歩部屋から出た後の和風チックな庭を見たりすると本当に別の世界にいるんだなぁと実感してしまう。





そんな一室で一人の女中が小さな悲鳴をあげた。それは私が城へ着いて、初めて迎えたお城での朝のことだ。

「なまえ様!その傷は一体!?」

政宗さんからいただいた召し物を着させるべく、私の体を見るなり彼女は酷く驚いていた。

「…え、あ、…?」

肩に浅い傷がひとつ。お腹に深い傷がひとつ。小さな体には大きすぎる傷痕。

「痛くはありませんか!?直ぐに医師を…!」
「ま、待って!春ちゃんっ大丈夫ですよ!」

なのに私はこの怪我の経緯を全くと言っていいほど覚えていない。これっぽっちも、だ。

「ただの古傷みたいなものですから」
「で、ですが…!」
「ご心配ありがとうございます。こう見えてぜんぜん痛くないんですよ」

この言葉にウソは無い。こんな傷ただの飾り、そう思ってしまえば気にすることなんてひとつもない。女の子にキズは駄目だとかよくいうけれど私は別に気にしないしね。

「私も覚えてないんです。だから気にしないでくださいね」

それでも気に病もうとする春ちゃんに私は満点の笑顔を見せた。




私の身の回りを手伝ってくれる女中さんがいる。
その女の人は先ほど私の体を見て驚いていた『春』という若い女の子。私より若そうなのにとてもしっかりしているのはこの時代ゆえか。もとの世界の自分のだらしなさを思い出せばちょっと…というかもう、かなり落胆せざるを得ないので過去は振り返らないことにする。
そんな春ちゃんは私のことをなまえ様と呼ぶ。その呼び方が(非常に)慣れなくてむず痒くなってしまうのだが、私の今の身分上“様”以外はつけられないとしきりに言うものだから(本当は嫌だけれど)仕方なくその呼び方を了承した。だけど、彼女のことを「春」と呼び捨てにすることにもしたくなかったので「春ちゃん」という呼び方は此方から(一方的に)提案させてもらった。
春ちゃんはとても優しい女の子で少し(どころじゃないかもしれないけれど)天然だ。だけどとても話しやすくてもといた世界の友達の影と重ね合わせてしまう。嗚呼みんな元気かなぁと物思いにふけ寂しくなり春ちゃんに抱きついた。…抱きついたといっても私の残念な幼児体系は彼女の足を掴むだけなのだが(あれ、私ちょっと毒舌自傷気味になってない?)

それでも春ちゃんは小さく笑い私と同じ目線を向けるために膝を折ってくれる。二人で顔を見合わせ笑いあった。







「春ちゃんはたくさん働くんですね」
「はい。これが私の仕事ですから」

私の為に着物を着せてくれた春ちゃんはいそいそと私の部屋のふとんに手をかける。畳に敷いてあった布団をたたみ両手にそれを担ぐと歩き始める。
そんな春ちゃんを見つつ、畳に置かれた枕をみる。現代の枕とは違って昔の枕って驚くくらいに高い。見るからに首を痛めそうだったために私は使っていない。そんな枕を持ち私は春ちゃんの後ろへと続いた。すると春ちゃんは私の行動に気づくと、目を丸くさせ驚きの眼差しで此方にをみる。私の名前を呼ぶ春ちゃんは見ていて笑ってしまいそうになるくらいの慌てっぷりだった。

「なまえ様…っ何をなさっているのですか!?」
「え?片付け、…ですけど…」
「わたくしにお任せ下さい!なまえ様はおくつろぎ下さいませ」

「えー!私も何か手伝いたい!」
「お、お気持ちは十分有り難いですけど!」
「片付けは一人より二人です、少ししか手伝えないけどこれくらいさせてください。それにこんなこと言っている間の時間も無駄になっちゃいますよ」
「で、ですが…」

戸惑う春ちゃん。そ、そんなに私に手伝わせたくないのかな。





「あらあら春、如何なされました?」
「喜多さん!」

部屋を出た廊下のすぐそこに現れた新たな女性。とてもすらりとした人で春ちゃんと同じ格好をしている女中さんだろうか。とても奇麗な人。そんな女性の名を春ちゃんが名前を呼んだので彼女は“喜多”という名前なんだろう。…どこかしら纏う雰囲気というかそんなものが誰かと似ている気がする…

そんな喜多さんは春ちゃんを見たあと、私に視線を落とした。私の両手に持つ枕を見ながらふふ、とそれはもう綺麗な笑みを漏らした。ノノ、ノックアウトしそうです!




「とても元気なお嬢さんですね」

そういう喜多さんは私の前にしゃがみ込み、私と同じ視線へ合わせた。

「なまえ様、こちらは片倉喜多さん。政宗様の乳母で在らせられそして小十郎様のお姉様です」
「こっ小十郎さんのお姉さん!?はっはじめまして!なまえと申します!」

政宗様の、乳母…。
昔の長男、政宗さんのような立場の人が実の母親に育てられることが少ないことはどこかの歴史書で見たから知ってる。それと小十郎さんの姉と言われなんとなく納得できた。この人が纏う雰囲気は小十郎さんとよく似ている。もちろん悪い意味とかではない。

「初めましてなまえ様。あなたのことは小十郎からお聞きしてますわ」

そう微笑む喜多さんはとても美しかった。まさに美女です。




「なまえ様、申し訳ありません。今この城には女中が足りないものでして、なかなか人数を割く事ができないのです。貴方様のお手を煩わせたこと深くお詫び致します」
「あ…ち、違います!私が勝手に春ちゃんのお手伝いをしようとしていただけです!」

喜多さんの言葉に必死に顔を横に振った。そうか。だから春ちゃんは困った顔を浮かべてたんだ。私は女中でないゆえ、しかも政宗さんの(身勝手な一言によって)妹として一応知れ渡っているのだから春ちゃんが私の行動に困っていたのは当たり前のことだろう。

「春ちゃんごめんなさい。私のせいで困らせちゃって…」
「そんな!なまえ様が謝る理由などありません。春は嬉しゅうございました!」

そんな春ちゃんの言葉に安心しながら、早くふとんを運ぼうと提案する。…ここであえていっておこう。私はこの手に持つ枕を手放す気はさらさらないと。

このお城に仕える女中さん達は少ないと告げる喜多さんは猫の手も借りたいわと言いながら笑っていた。そんな人数で朝、たくさんの男達の食事やら朝練の後に入る湯浴み(お風呂のことね)を用意しなければならないという一日の始まりの忙しさを語る。そんなんで私の元へくるのは春ちゃん一人ということなのだそう。でも今回はまだ初めてということで気になった喜多さんが様子を見にきてくれたらしい。
だから私は「春ちゃんだけいればそれで十分」だと告げておいた。私のことはあまり気にせず、大変な方をぜひとも優先してもらいたい。それに正直身の回りを何でもやってもらうのって忍びないよね。私も手伝いたくなってしまうし。




「なまえ様には小十郎がお世話になってるわね」
「と、とんでもありません!私がいつも小十郎さんを怒らせてばかりで…」

喜多さんの言葉に思わず首を振る。
逆です。私がお世話になりっぱなしなんです。怪しまれるような行動しかできなくて、小十郎さんの笑った顔も見たことない。小十郎さんが笑えばきっと喜多さんみたいに綺麗な表情を出すんだろうなーって思う。ぜひとも彼の笑った顔が見てみたい。

「あの子は政宗様のこととなると神経質なんです。きっと貴方のことも疑いの目で見ていると思うけれど許して下さいね」
「い、いいえ。小十郎さんが政宗様を想う心は素晴らしい事だと思いますから」

あの二人を見て気づいたんだ。お互いに信頼し合っていることの意味。命をかけて守る、という意味。二人の絆。
これが主従というものなんだって。

今までこんなに固い何かで信頼しあう人の姿を見たことなんてなかった。あたりざわりの無い人生を生きてきた私にとってその姿は羨ましくもあった。






そして、そんな彼らを縁の下で支える女中達。彼女たちの力なくしてはきっと男達はやっていけないはずだろう。

「私は喜多さんや春ちゃんみたいな元気に働く素敵な女性になりたいです!」
「あらあら」
「す、素敵だなんて照れますね!喜多さんっ」


現代でも同じ。
過去でも同じ。

陰で働く者たちがいるからこそ、偉人は輝ける。

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