09


「泣くかと思った」

政宗さんのお城へ戻る途中に彼は私を見て言った。


現代ならば手紙とか携帯電話その他もろもろの連絡手段があるけれど、この時代は違う。次いつ会えるかなんてわからない。機械越しに声を聞く事もできない。大切な人と別れるときの悲しさは計り知れない。
だけどあの時に泣いてしまうのは二度と会えないと言っていることと同じように感じてしまって泣けなかった。ううん。泣きたくなかったんだ。

「きっとみんなは私の涙を望んでいなかったはずですから」
「泣いたら慰めてやったのに」
「大丈夫です。私そんな子供じゃありません」
「いやどう見てもガキだろ」



そ う だ っ た !


大人きどりをしても私は今幼児体系でした!




でも、どんな言葉を言われたって政宗さんは私を心配してくれていたんだってことわかりました。心配してなかったらそんなこと言わないもんね。


「なんだ…その不気味な顔は」
「なんでもないです、えへへー」

何を言われても今は大丈夫。なんとでも言うがいいさ政宗さん。


「Ha!! crazyなガキだ」



…くっ、クレイジーか!

ちょっとそれは傷ついたかな!いままでそんなこと言われたことなかったよ…私傷ついたかもしれない!






「それにしても、周りを見渡してなにか面白ェもんでもあんのか?」

政宗さんは私がきょろきょろとあたりを見渡していることに気づいているみたいだった。でも彼に問われるほど大したことじゃない。私の目に映るのは“景色”なのだから。
現代でも自然というものは存在する。だけど草木がこんなに生い茂っているような本当の生命の息吹を感じさせる世界を見たのは初めてだった。

「やっばり、自然は自然なままの方がいいのかもしれません」

人工的に作られた芝生も、外観重視の為に切られ整備された世界がここにはない。人間たちに制圧されずにのびのびと生きる緑色の世界はとても素敵だった。これが昔の景色であること。当たり前だったこと。現代人が忘れてしまいがちな生きることの素晴らしさを、体で実感した気がする。






「お前は外が好きなんだな」
「そう、ですね。外は好きですよ」

特に理由はない。好きか嫌いかといわれても、普通である気もする。どちらかというとインドアな面もあるけど外は嫌いじゃないし…



「城下に行ったことあるか?」
「城下?」

首を傾げ政宗さんの意見に耳を傾けていれば、彼はなにかいいことを思いついたかのように口元をあげた。

「商人たちが行き交い賑やかでたくさんの民が暮らしてる。店も結構あるぜ。お前が好きそうなのは……甘味処だろうな」
「甘味処!それは行きたいです!」
「団子の美味い店ってのはどうだ?」
「賛成です!さんせー!」

甘味処。とても響きのいい言葉。この世界、この時代の甘いものはどんなものかとても気になるところだ。



「Okey! It is a promise! Do not forget it!」
「お、おふこーす!」

いきなり政宗さんが異国語をいうのものだから少し手間取った。しかもすらりと外人のような綺麗な発音でいうものだから英語慣れをしていない私はギリギリ聞き取り、簡単な言葉を言うのがやっと。だけど私が苦手な英語で返答を返せば政宗さんは本当にキラキラした目でこちらを見ていた。



「今度連れてってやるからな。俺の統治する城下に」


それはもう誇らしげに彼は言った。




「政宗様!また城から抜け出すおつもりですか!?」

私たちの会話を聞いていた小十郎さんが声を発せば政宗さんは少し眉を歪め顔をしかめさせた。そんな政宗さんの姿に彼は小十郎さんに無断で城下へと足を運んでいるのだろう、と気づいた。しかも小十郎さんの焦ったような言動を見れば一回二回とかっていうレベルじゃなさそうだ。

一国の主が城を抜け出す常習犯だったりするのかなと思えば思わず笑ってしまう。まるで子供らしい行動。


「何笑ってんだよお前は」
「な、なんでもないです」

そんな私の笑った顔が気に食わなかったのか、私の頭をわさわさとかき乱す。彼のおおきな手であっというまに髪はボサボサだ。







「いいだろ小十郎。執務に籠りっきりじゃ体が鈍っちまうぜ」
「仕事をこなして下さればこの小十郎は何も言いますまい」
「…あんなの終わらせてたらなんもできねーよ」

心底嫌そうな表情を浮かべ今度はボサボサになった私の髪を梳いていく。


「小十郎さん、政宗様と一緒に城下へ行かれてみてはどうですか?」

そんなお互いに引かぬこのやり取りに私は一つの提案を示す。ぱっと今思いついた提案に二人は驚いた表情でこちらを見た。


「おいおい。お前は小言の多い小十郎を誘うのかよ」
「こご…!!?」
「だって政宗様のことを心配しているんですよ?一緒にいた方が安心します」

小十郎さんはきっと一人でいく政宗さんを心配している。なんせ一国の主だもんそれが当然。だったら、小十郎さんと一緒に行ってともに城下を歩けばいい。それならお互いに少しは嫌な表情をしなくてもいいだろう。
って政宗さんは城から抜け出すくらいだから一人で行くのが好きなのかもしれないけれど。



「それに大勢だと楽しいと思いますよ」


にこにことそれを告げれば政宗さんはきょとんとした顔をみせ(あ、可愛いな)、口角をあげた。ボサボサだった髪はもう元に戻っていて。今度は優しく頭を撫でた。


「…。小十郎、今度三人で行く時間でも作っとけ」
「三人?」

「Ah? 俺と小十郎、お前だろ?」


ゆらりゆれる馬の揺れ。まだ出会ったばかりの政宗さんだけれど、彼との約束がこれほどにまで私の心わくわくさせるなんて自分でもびっくりした。

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