※鉢屋さんが2年生で1歳年上




今日も一日、乗り越えた。ただそれだけ、たったそれだけのことに肩の力が抜けるのがわかった。どうしてみんな頑張れるんだろう。どうしてなんでもそつなく熟せるのだろう。

「伊作くん、いつもありがとう」
「これが僕の仕事だからね」

お礼を述べればにっこりと伊作くんが笑う。同い年の忍者のたまご。いつも不運に見回れているけれどとても優しい男の子。わたしが実習で怪我をすると迷惑な顔ひとつせず治療をしてくれる。

「どうしたのなまえちゃん」
「…え?」
「なんだか浮かない顔してるよ」

心配そうに顔を覗き込んできた彼はわたしのおでこに手を当て熱でもあるのかと確認してくる。ちゃんと言わないといつまでも心配してくれるから、頭を横に振って正直に話すことが一番いいのだと理解してる。

「ううん。わたしって何やっても駄目だなぁ、って思ってただけなの」
「そんなことみんな一緒だよ。僕だって今日は2回も穴に落ちちゃった…」
「ふ、不運だね」
「でしょう?なまえちゃんの怪我だって同じことさ。一緒に頑張ろうよ」

ね?と諭すように告げられた言葉はあたたかい。だからわたしは頷いて同じように頑張ろうねと笑いあって、保健委員の先輩が煎れてくれたお茶を貰ってお喋りしたのち医務室をあとにした。
医務室から出るにあたって事務室へもっていくプリントのことを耳にしていたので、ついでに持っていくことにした。このあと特に用事がないため何も問題はない。怪我人なのに、という優しい言葉も頂いたが大した怪我ではないから心配はいらない。最後にもう一度お礼は忘れずに言っておいた。そんな預かったプリントの束を運んでる最中だ。わたしがぼけっとしていたのが悪かったのがすぐ近くに人がいるのも気づかなかった。


「なまえ先輩」
「うおあっ」

女らしからぬ声を上げて驚いたわたしをよそ目に話し掛けてきた彼は楽しげに笑う。わたしが驚いて両手から離してしまったプリントの束が床に散らばって悲惨な状態へとなってしまった。

「は、鉢屋くん」

驚かさないでよと呟いた声はちゃんと声として出てただろうか。どきどきと心臓が跳ねるのを落ち着かせるために小さく息をはく。そんなわたしを鉢屋くんはにこにこと楽しげに見つめてくる。
それが少しいたたまれなくなり、散らばったプリントに意識を向けて拾いはじめれば彼から「驚かせてすみません」と頭上から謝罪の声が降りてくる。すぐさまわたしと同じようにしゃがんでプリントをかき集めてくれた。

「また区別できましたね」
「…雷蔵くんはそんなことしないもの」

また、なんて…ただの偶然にしか過ぎない。こうして彼らを区別することができるのは、雷蔵くんがしないだろうことをしてしまう鉢屋くんが原因。だからわたしが凄いわけじゃない。それに雷蔵くんはわたしと同じ図書委員の後輩だからしっかりわかってあげたいじゃない。


「先輩、また怪我したんですか」
「…まあ、うん。でも見た目ほど全然痛くないんだよ」

鉢屋くんから色んな視点で“また”って言葉を何回聞いたことか。その中でも驚くことは新しい包帯を巻くと鉢屋くんはすぐに気づくということ。本当に洞察力がいいんだと思う。
血の滲んだ包帯を見つめ眉を下げる。そんな風な顔をされると心がじくじく痛むの。慌ててまたドジしちゃったと簡易に説明すれば鉢屋くんは頭を撫でてくる。わたしの方が身長はまだ高いけれどしゃがんだら同じくらいだから意図も容易い。もうどちらが先輩なんだかわかったものじゃない。



「…ねえなまえ先輩。どうして先輩は女なのに忍たまの授業を受けてるんですか?」

あまり他人が聞かないことをこの後輩は当たり前のように言ってのける。だからかな。わたしも普通にその言葉を言えたんだ。


「わたしには他の女の子みたいに色が使えないからだよ」

くの一なのにね。笑ってみせるけど今のわたしは笑えていただろうか。



これじゃあ忍者より怖い女忍者っていわれてるのに笑っちゃうよね。わたしはその中に入ることが出来ないもの。



そんなわたしを憐れんでくれた学園長が特例を出してくれた。これは学園長の権限だから誰も文句は言えない。けれど権限とはいえど快く思わない人もいるだろう。陰口が無きにしもあらず、…わたしはそれを承知で特例を呑んだ。だから嫌がらせで学園を辞めたらわたしが弱かっただけ。友達にも先生達にも迷惑はかけないと決めてる。
特例の時点で目立ってしまったわけだけど、それ以外はあまり目立つようなことはしていない。この世界で生きていく為に色の使えないわたしは忍術で生きるしかない。だから、私は…


「なら忍者でなくても良かったんじゃないんですか?」
「…うん、わたしもそう思う」

的を射た言葉にわたしには笑うしかなかった。別の道があると知らなかったわけじゃあないんだ。今からだって忍者の道をやめてもなにも遅くないとも理解してる。

「でもね、二年間頑張ってきたんだ。才能とかないけどね、わたしは途中で諦めたくなかったんじゃないかな…うん、そんな気がするの」
「先輩ってバカですね」
「否定はしないよ」

先を考えれば6年の中のたった2年しか経っていないわけだから別の道を探してもよかったはずなのに。勉強も必死でやらないとついていけなくて辛くて大変だけど、それでも此処にいる理由は頑張ろうねと言ってくれる同輩がいるから。みんなが優しいから。……でも本当は、本当はさ、


逃げ方を知らなかった。

ただそれだけなのかもしれない。


「本当にばかです、わたしが困るくらいばかですよ」
「うん。そうだよね」
「でもなまえ先輩のそんなところも好きです」
「それはどうも」

心配してくれてありがとう鉢屋くん。でもね、いいんだ。わたしはきっとこれからもただ時が流れるまま気づかなかったふりをするだけなの。だってこの忍の道を後悔したことは未だないから。こうしてみんなと出会えた。君とも出会えた。だから、ね。平気なの。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -