暖かい。良い匂い。

甘い香りが漂う心地好い夢の中。



肌に感じる温もりと、

聞き慣れた彼女の凛とした声。



だけれど、

凛とした声とは真逆な

あどけない口調。





ああ、こんな幸せな一時が…


ずっと続けばいいと思えば、


夢はすぐに覚めるんだ。








「まふー」



「…」



「まふー」



「…」






小さな声に、現実への覚醒がはやくなる。

大好きな声に、瞼が自然と上がる。




自分が呼ばれているワケでも、

必要とされているワケでもない。





だけど素早く反応してしまうのは俺のマスターの声だからだ。





この人は俺を起動してくれた。

俺にとって大切な人。





…でも、
声が耳元で聞こえてくるのは何故だろう?







瞳に光が入れば、そこはいつもと同じマスターの家。

ボヤけた意識と視界に感覚が鈍る。

この一室にそぐわない程に大きすぎるソファー。
そのふかふかした感覚。




あ、俺…ソファーで寝てたのか。




始めはマスターからお薦めだと差し出された本を集中して読んでいた筈だけど…
手に開きっぱなしの本を持ったまま、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。






「…?」



ふ、と小さな風が耳元をくすぶった。






視界が広がり、俺の首に誰かの腕が覆っているのに気付いた。








「まふうぅぅ」



耳元で聞こえてくるその声は、俺の肩に顔を埋めていた。


それからソファー越しに俺を抱きしめているんだってことは直ぐにわかった。
直ぐにわかったからこそ、この現実に対応しきれず俺は動揺せざるをえない。




「…マ、マスター?!」



気持ち良さそうにカイトに抱き付いて彼を放さないマスターこと、なまえ。



カイトが横を向けば、なまえが青いマフラーに顔を埋めていた。
カイトの声に反応し顔を上げる。
髪が揺れ目の前にはなまえの顔。




10cmもないお互いの距離。





「…んぁ」



瞼が閉じてしまう様な眠たげな表情を浮かべるマスターの姿。




それはいつも以上にどこか幼くて思わず胸がドキリとしてしまいそうな…


って、俺、なに…考えてるんだ?







「…カイトおはよ〜…」


朧気な瞳でカイトを見つめニコリと笑う。

ぎゅっと少し首に巻き付く腕を強くする。





「お、おはよう、ございます…」


まだ覚醒しきれていないみたいだ。

マスターは低血圧らしくて一度寝ると起きることがなかなか出来ないそうだ。







そんなのほほんとしているマスターとは正反対に俺の心はドキドキしてる。



「あの、ところで…マスターは何をしているんですか?」



それでも平常心を装いつつ、マスターに話しかける。




「んー?」



ごくり、と唾を飲み込みただひたすらマスターの声を待つ。





「…」





ほんの少し抱き付く力を込められた気がした。











「好きなの」






ドサッ、

カイトの持っていた本が床に落ちた。
落ちた振動で開きっぱなしだったページが閉じて表紙が見える。



「好き!?……す、すす好きって…何が…です、か?」


えっ?えっ?

と、カイトの戸惑った声が漏れる。




そんな彼を気にするワケでもなく、





「カイトのマフラー気持ちいーの」





 平
 然
 と
 言
 い
 切
 っ
 た
  。










「マ…マフラー…です、か」



夢の中で言ってた“まふー”とはマフラーの事かと納得する。






なんだか…体の気が一気に抜けてしまった。


悲しいような物寂しい疎外感。


………。





なんでこんな気持ちになるんだろう?







自問自答を繰り返すカイトは頭を下げて黙ったまま固まっていた。



なまえは徐に密着させていた体を離す。

首を覆っていた温かかい空気が、なまえが動いた事によりヒヤリとした空気に代わってしまいカイトの首を冷たく包む。





それが妙に肌寒かった。

離れた体温が恋しいと思ってしまう。








体は自然とマスターの方へ向き直そうと動いたが、





「ぐえっ」



ぎゅっとマフラーを絞められた。








変な声を出した俺を見て、くすくすとか可愛らしいものじゃなくて(そんなマスターを見たいけど)お腹を抱え楽しそうに「あっはっは!」と笑うマスターがいた。
笑ってばかりで息がし難いみたいでひーひー唸ってる。




「なっなにするんですか〜マスター…」


きっとマスターからしてみれば今の俺は“ヘタレ”って部類なんだろう。
前だって弄られた後マスターに「カイトはヘタレ担当だもん」って言われた事がある。
きっと良い意味じゃない気がするけどマスター本人に聞いてみれば「おいしいポジションなんだよ!」と熱く語られた。


………俺にはそれがよく分からないけどマスターが楽しそうならいいんだ。うん。







瞳に光が入ればそこはいつもと同じマスターの家。



温かな温もり。

マスターの声。


いつもと変わらない、
この空間が何よりも大好きだ。




好きだからこそ、
いつか…見れなくなってしまう、そんな感情が脳裏をよぎる。
…ボーカロイドだなんて、いつ、マスターにとって必要ではなくなりアンインストールされるか分からない存在だ。
俺達ボーカロイドはそんな事に怯えながら生きている。
……いや、こんな感情を持つ機械なんて俺だけかもしれないけど。
そう、マスターの意思次第で全てが変わるんだ。
だから、……正直俺は怖い。


記憶なんてないけれど、またあの頃の真っ暗だった感覚を思い出すのは。



意気消沈という言葉が似合うくらい、機械であるはずの俺のココロが悲鳴を上げているような気がした。
このままではわけがわからなくて、熱を抑えることができなくて、ショートしてしまう。




「青ってさ、癒しの色だよね」
「え?」

なまえは小さく微笑みながら青を眺める。



「見ててすっごく安心する」


心臓に手を当てつつなまえは瞳を閉じた。

真っ暗な視界に巡る色。



色を思い出せば、連想するように浮かび上がる彼の顔。







「だからカイトは癒し系だね」


髪から瞳から服の装飾から全部青。

もちろん、マフラーも。

これだけ青を着飾っていても、目に痛くない…むしろなまえにとっては萌え要素てんこ盛りの生きるための栄養源。




なまえは背を向けて窓越しに雲一つない青い空を見る。

背で真っ直ぐ伸びる右腕を左手で掴み、深呼吸をしたのだろう…ゆっくりと肩が上下した。







「ずっと…ずっと……、この色を見てたいなぁ〜」



空の青を見上げ呟かれた声。

…掴み取れないマスターの心境。


それでもその青とは、空だけじゃないって事ぐらい俺には分かる。



この人はいつも俺の欲しかった言葉をくれる。

貴方の言葉が俺を安心させているなんて、きっとマスターは気付いてない。






…自覚なんてないんだよな。


マスターはそういう優しくて良い人。





音楽オンチでも

料理が下手でも、

妄想だって激しいけど、


…そんなマスターが俺は大好きだ。







ソファーから移動してマスターの少し後ろで立ち止まった。






「俺もずっとマスターを見ていたいです」



告げれば、マスターの横顔が緩んだ。

口元が上がり眉尻が動いた。




決して此方を向かないマスターは、顔をほんのり赤く染めて微笑んだ。





「うん、ありがとう」






青と君と




**


おまけ、


「やっぱり、大好きだわ」
「えっ…?な、何がで……ぐえっ!」

最後まで言うことなく声が詰まりました。

「カイトを止めるときにマフラーを引くの!」

そこにはニコニコと楽しそうにマフラーを引っ張るマスター。
笑顔なのに…恐ろしいです。

「長いマフラーっていいねっ!」

首がギシギシ絞まる。
それでも絶対に緩めない。

「………」

で、でも!
そんな小悪魔なマスターも大好きです!






(2008.08.23)
ヘタレKAITO


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