ひやり、額に冷たさを感じて目が覚めた。
うっすらと開けた瞳に映るのは闇に溶け込むような黒髪と右目を覆う鍔の眼帯。
視線がかち合い互いに見続けていれば藤次、…政宗君がニカッと笑った。
「おう、起きたか。体調の方はどうだ?大丈夫か?」
「う、うん。………もしかしてずっと看病してくれてたの?」
「……ま、まぁな。おい待て起きんな。まだ寝てろよ」
「わわっ」
起き上がろうという動作を起こせば、それを察知した政宗君が私の肩をおさえてしまう。
山賊に襲われた事件があったあと私はあのまま気を失ってしまったらしい。
そんな私を政宗君は家に運んでくれ、一緒にいてくれていたみたい。
あれから何時間経ったか分からないけれど政宗君は私を手厚く看病してくれているようだ。
起き上がろうとした為に崩れた布団をもう一度私に被せる。
じっとしてろ、と政宗君に言われ再び起き上がるチャンスすらなくて言われるがままにしていれば政宗君は満足そうに「いい子だ」と笑った(な、なんだか恥ずかしいな)
「あ、あのー、政宗君。…看病してくれてるのは本当に嬉しいんだけど、…その、お城の方は?」
「Ah…気にすんな。一応、言ってはあるからよ」
なんだか歯切れの悪い言い方に、
もしかして相手は了承してないんじゃないか。無理矢理来たんじゃなかろうか。と余計なことを考えてしまう。
でももしそうだとしたら申し訳ない。
だって政宗君はちゃんと忠告してくれたのに私が実行しなかったのが原因だ。
非はすべて私にある。
身勝手な私の為にそんなにしなくていいのにな。
「余計なこと考えてるだろ?」
「そ、そんなことないよ」
「嘘つけ顔に出てんぞ。お前は何も考えるな。今はまだゆっくり休め」
頭を撫でる大きな手。
そんな温かくて安心する政宗君の手が気持ちよくてゆっくりと目を閉じようとしたときに、ドドドドドと駆ける足音が耳に入ってきた。
そしていきなり開く玄関の扉。
「なまえちゃん!大丈夫かい!?」
懐かしいような声が聞こえて閉じようとしていた瞼が開く。
眠気に誘われていた感覚が一瞬にしてなくなり私の瞳に映る鮮明な映像。
「オイオイ、てめェら奥州で戦でも始める気か?」
彼らの姿をみて政宗君は整った顔を大きく歪めた。
「み、みんなっどうしたの?」
上半身を起こして彼らを見る。
そこにいたのはたくさんの人。
「だってなまえちゃんが一大事だって聞いたんだよ!」
「大丈夫でござるかなまえ殿おおおおおお!!!」
「なまえ姉ちゃん!怪我はねーか!?」
な、なんで?
どういうこと?
どうしてみんなが来てるの?
大丈夫とか怪我って、…どうして私に何かあったことを知ってるの?
頭の中は疑問しか浮かばず解決の糸口がない。
慶次君を先頭に、そこには幸村君や佐助さん。
いつきちゃんや蘭丸君とチカちゃんに謙信様、かすがちゃんがいた。
「俺のインコがよ、なまえが危ないって言い出すもんだから」
「そうそうみんな動物達が教えてくれたんだよ」
にこりと笑う慶次君。
「…動物達が?」
愛されてるんだね、と慶次君が何気なく言ってきたものだから思わずドキリとした。
「今も外にいるんだよ」
おもむろに開け放つ縁側の襖。
眩しさに少し顔を歪めながらも真っ直ぐ外を見る。
「君の持っていた私物をそれぞれが抱えて俺達に分かるように教えてくれたんだ。それで駆け付けてみたらこーんなカンジ」
私の瞳に映る見覚えのある子達ばかり。
熊のエリザベスをはじめとした鳥や狐、狸などたくさんの動物。
「みん、な…」
友達がこんなにもたくさんいた。
私はひとりなんかじゃない。
「…ありがとう」
一緒に戦ってくれてたんだね。
「本当にありがとう」
彼らに向かって笑えばみんなが声を上げた。
鳥ちゃんの可愛らしい声やエリザベスの低い声、いろんな声が混ざり合ってしまい綺麗だとは言えない音色だけれど、それがとても心地好かった。
そして動物達の知らせを理解し此処に来てくれた人達にも感謝を。
「皆もわざわざ遠いところ、本当にありがとう」
皆の事知ってる。
やっと気づいたんだ。
謙信様は上杉謙信。
慶次君は前田慶次。
幸村君は真田幸村。
佐助さんは猿飛佐助。
蘭丸君は森蘭丸君。
チカちゃんは長曽我部元親。
戦国時代では有名な武将達の名前。
かすがさんやいつきちゃんはちょっと分からなかったけど、きっとみんながみんな仲間同士ではないことはわかる。互いの敵がいるだろう。
「政宗君。他国の人達みたいだけど今ここにいることを許してほしいの。みんなお客様なの」
だけどいがみ合いなんて起きてほしくない。
どうしてここが戦国なのだろうね。
例えば私が暮らしていたあの平和な未来の日本に生まれていたとしたら隔たりなく笑えるのに。
「私の大切な友達なんだ」
みんな、こんなに優しいのに。
なのに国の為に戦わなければならないなんて残酷だ。
でも生まれた時代を間違えたなんてことは言わない。
私がただそう思ってしまうのだ。
ここにないものを求めてしまうのは私の癖だから。
甘い考えでしかないこともわかってる。
追い出さないで政宗君。
政宗君には感謝してる。
助けてくれた政宗君にとって私の言う言葉は酷い仕打ちかもしれないけど、友達だから。
殺されそうになってわかった私の掛け替えのない…
「何言ってんだ。お前ら今回は一個人として来たんだよな?」
「え…」
さもそれが当たり前だと言うかのように政宗君はニッと歯を見せた。
「ええ。いまのわたくしはぐんしんのかたがきなどありませんよ」
「私は話し相手がいなくなるなんて嫌だったからなっ」
「お前すげー生意気でムカつくけど、いないよりいた方がマシだからな!」
「なんでえ。蘭丸もすげー心配してたでねーか。姉ちゃんが無事で何よりだ」
「なまえ殿の菓子が食べれなくなるのは嫌でござる!……はっ!も、もちろん菓子だけが目的ではござらぬ!!」
「…ごめんねー旦那が言葉足らずで。俺様は今度またなまえちゃんとお茶したいな」
「短い付き合いとか関係ない。俺は友達として来たんだ」
「ダチの危機を見過ごすわけにはいかねーよ」
うれしくて
本当に嬉しくて
じわりと熱くなる目尻を抑える為にも笑った。
「そ、そうだ!みんな折角来てくれたんだし私特製の美味しい料理作るね!」
ぱっと立ち上がろうとした私の額に触れる誰かの手。
私の動作を奪うそれは近くにいた政宗君の手で。
「だーかーらー!なまえは寝てろって」
「わっ」
デジャブだよ政宗君んん!
今回もまた政宗君に遮られ起き上がることができなかった。
「料理は得意なんだぜ?」
「俺様も手伝うー。なんたって武田のオカンで通ってるからね」
「某は食す専門でござるが、なまえ殿の為!手伝いたいでござる!」
「俺ァ魚でも釣ってくっか」
「おらも手伝うだ!モトチカ釣りの仕方教えてくれ!」
「いつきがやるなら俺も!農民にできて俺ができねーってのは嫌だからな!」
「動物達にもお礼しないとねー」
「かすが、わたくしとともになまえさんのはなしあいてとなりましょう」
「はい!謙信様っ」
私が介入する間もなく各々やることを告げそそくさと散っていった。
それをただぽかんと布団にねっころがったまま見つめている私は阿呆な顔なんだろうな。
そんな私の布団の横に座る謙信様。
反射的に見上げて表情を確認すれば謙信様は柔らかに笑う。
今の私の気持ち、まるですべて見透かされているような感覚に襲われて思わず顔を背けてしまった(ああっなんで反らしちゃったんだろう!)
謙信様も隣にいるかすがさんも何もいわずただ私のそばに居てくれた。
何をしているわけでもないのに心がほのかに熱を持ってくる。
痛いけど、痛くない、そんな痛みにぎゅっと自分の服を掴んだ。
「あったかいです」
「…ええ」
「私皆に何もしてあげてないのに、たくさんもらってばっかりで」
「これはあなたのちからですよ」
「私の?」
「あなただからこそ、みなあつまったのです。なまえさんあなたはひとりではありませんよ」
「…。…はい」
やっぱりこの人はわかってる。
私は謙信様の言葉にコクリと頷きはにかんだ。
きみたちとわたし
(大切な人達がほら、そこにいる)
それからというもの、我が家は動物達に手厚く守られるようになりました。
そんな優しい動物たちなのですが人間のみんなからは入りにくくなったという不満もまた聞いています。