私は“夢”をみていると嘘をつく。

こんな道具があるんだよ。
こんな人達がいるんだ。
こんな世界が広がってる。
とか、私にとって全部本当にあったことを当たり前だったことを話すんだ。

独創的な価値観を持つ子だね、とか誰かに頭がオカシイ人、変人だとか言われても一向に構わなかった。むしろその話を世界に広めて欲しいと思ったほどだ。
いつかこの噂を聞き付け、“私”を知っているあの世界の住人と会うことができるかもしれないという淡い期待があったんだと思う。

でも現実は思ったようにうまくはいかないみたい。

知らぬ間に世界を渡り、一人になり、飛ばされてしまったこの悲しみも嘆きも、出会えた喜びも誰かと分かち合いたかった。この痛みを分かち合える仲間がほしかった。
だけど何年経っても誰も現れなかった。

私にとっての現実を想うのもこれを夢と語るのも、忘れないようにとばかのひとつ覚えみたいに話すことにも疲れてしまった。
思い出すのも辛くなった。こんなことならいっそのことあちらの記憶を忘れてしまえばと思った。
だけど忘れることなんてできない。辛くて辛くてしかたないから死を選ぶ選択だってあった。ホームシックという単語がこんなものなんだと知ったときはとめどない涙が溢れた。

でもね、そんなとき君が現れた。

「Hey! 不気味な夢を語るgirlってのはお前か?」

名前は藤次郎君。
青い袴を身につけノックもせずに部屋へと入ってきた男。それに加え英語を使ってきたのだ。藤次郎君いわく南蛮語というものらしいけど私にしてみれば英語そのもの。
そんな人はじめてだったからすごく驚いた印象がある。もしかしたら…と淡い期待も抱いたけどこの人も違った。だけど、

「俺に聞かせてくれ。その話に興味あるんだ!」

それでもきっと私は貴方の存在に救われていた。
あの世界を懐かしむことができたのも、私がこの世界にいれて幸せだと思うことができたのも藤次郎君がいたからだ。







嗚呼、なんて懐かしい。





懐かしさを噛み締め重い瞼をゆっくりと開く。ぼやけた視界に写るのは森。空は木の葉に覆われ、青を拝むことは殆どできない。
頭上からポタリポタリと落ちる水が体温を奪い地面が泥水のようだ。足も手も、そしてその手で頬をぬぐった顔も綺麗とは言えないだろう。汚れた姿に失笑すれば喉の奥から込み上げる息を小さく吐き捨てた。

「…私、死ぬのかな」

私の呟きに誰の返答もない。

きっとこのままだと“私”は死ぬ。
どこの誰かも。どうしてこうなってしまったのかも。わからないまま、殺される。






藤次郎君と出会って私は“今を生きる”ことに専念した。
帰れるときも帰れないときもそれは現実で逃げようのないこと。ならば何も考えず生きようと誓った。めそめそしてる時間すら勿体ないのだと。



例え何が起きたとしても、


いつ死んでも悔いのないように、


生きて死ぬ。そう決めた。





なのに


「死にたくない…」


私が思うのはただそれだけ。

皆にさよならもありがとうも、
何も言えないんだ。



「死にたく、ないよ…!」


こんな最期なんて誰が想像した。










「やっと鬼事は終いか?」
「ひっ!」

私がわかるのはただこの人達が山賊という職業だということ。
私の家は運悪く彼らに狙われてしまったのだ。

いつだか藤次郎君が言ってたな。
この辺りに賊が出始めたって。




「…どうして私なの」
「あんな所に住んで女一人たぁ、襲ってくださいって言ってるようなもんだぜ?」

こうなるとは思ってなかった。
いつかこうなるかもと思っていた。

この世界に住むためのリスクを忘れてたわけじゃない。
だけど私が狙われるとは思わなかったのも事実。

そんなこと考えてももう遅いけど、私にはどうすることもできないこと。私は一人だから。
誰かに頼るなんてこと、そんな簡単なことができないの。
そんな弱虫な私には何をするにしたって“一人”という選択肢しかない。




助かる見込みのない現実に、ついにカミサマはこの世界で異端の私を排除しにかかったのだろうか。もう私になんの期待もないのかな。とか他人事のように解釈する。





「っ、」

唇を噛み締め涙をぐっと抑える。
脳裏に浮かぶたくさんの優しい人達。
この世界の、友達。

なんて遅いんだろう。
なんてタイミングが悪いんだろう。


大切な人達ができたのに。
私は。私はもう、






「私はまだ、死にたく、な…い!」
「ああ?」

悔しい

まだ生きていたかった。


「お前は俺達の顔を見た時点で死ぬ運命なんだよ」
「ぁ…っ」

にやりと笑う男が一歩こちらへ近づけば途端に息が絞まる。ぎちりと首に男の太い手がめり込み潰されているのだと気づいたときにはもう手が思うように動かなかった。
吸おうとする喉に空気まったくが入らない。自分の体なのにおかしい感覚だ。



震える手を握りしめ最期の気力を振り絞る。
私の中の、生きたい心、

ぜんぶぜんぶ振り絞れ…っ



大切に懐へしまっておいた簪を今、ありったけの力を振り絞り男の腕へと突き刺した。躊躇なく入ったそれは男の腕に食い込み、その痛み故かギャッという声をあげ掴んでいた私を投げ飛ばした。



「な、なにすんだこのアマァ!!」
「や、…だもん!大切な、っ人達と会えなくなるなんて…もう、嫌なの!!」

どうだ。まいったか。
つまる息にむせながら私はまっすぐ男を見つめた。
最期まで生にしがみつこうとする人間は強いんだぞコノヤロー。






もう私はあちらの世界へ帰れなくていい。この世界にいれればいい。これから先、天国にも地獄にも行きたくない。


だから、

もう私を独りにしないで。



もっと生きたい。
もっとこの世界で笑いたい。

みんなと一緒に


「お前はもう死ね!!」
「っ」

私の起こした反撃も結局は男をさらに怒り苛立たせただけだった。
私が彼らに勝てる見込みもない。


だから睨みつけた。
男の顔を一心に見つめ最期の一瞬も瞬きすることなく。
それでも頭上に振り下ろされる刃。私にそれをさけられる素早さも受け止める力もない。









視界を銀色の鉄で覆われてしまったその一瞬、
絶望でしかない色が消え来るであろう衝撃は来なかった。












「てめェは…!?」
「女一人におイタが過ぎるんじゃねェか?」


ざわめいた声が耳に入る。

瞬きすらしなかったというのに、私は今起きたことを理解することが出来ずにいた。
ひゅんひゅんと風を切る刀の音が聞こえ宙を舞いグサリと地面に突き刺さった、それをなんとか理解し前方をみあげた。




目の前に映るめいいっぱいの青。
私を庇うようにして背を向けている人に思わず涙が溢れた。

















「てめぇ…独眼竜か!」

どこかで聞いたことのあるフレーズが耳に届く。
この世界でも、あちらの世界でも聞いたことのある有名な言葉。


──いつかお礼言えたらなぁ…




確か右目に鍔の眼帯をした人。
私が住まわせてもらっていた東北、奥州を統べる若き竜。













「伊達政宗!!」


誰かが彼にそういった。
それと同時に男達が刃を向けて男一人に身構えた。

「ビビってんじゃねェ!相手は独りだぞ!」
「そ、そうだ!この人数相手に俺達がやられるわけがねェだろ!」
「随分とナメられたモンだぜ…てめぇらチンピラ相手に六爪使うまでもねェ」
「…てめぇこそナメんなよ!やっちまえええ!!」
「今日がお前の命日だ!!!」


はじめてみるこの世界のあるべき姿。強い者が勝ち弱い者が負けるというシンプルで当たり前の弱肉強食の世界。それが戦国。過去の時代。



平和を生きていた私にとって目の前の光景はあまりにも非現実的すぎた。
普通ならば反応を示すべきところで私は反応できず、彼のその姿に動揺することしかできない。





















「口ほどにもねェ…」

勝負はあっという間についた。
すべての人間を地につかせ息を荒げるわけもなく私に背を向けている男。いつもの青い着流しじゃなく、三日月の甲冑に青い装飾を身につけた彼は、


「…だて、まさむ、ね…?」

朧げな視界に写る彼……そう、それは藤次郎君の姿。


「藤次ろ…、」

呟いた言葉を思わず押し込んだ。





「村に降りておけ、そうお前に言ったと記憶してたけどな」
「……」




こちらを振り向いた、私の目に写る君はとても悲しそうな左目でこちらを見ていたから。











「悪かった」

どうして気づかなかったんだろう。


「俺はお前をずっと騙してた」


彼の謝罪の言葉に息がつまる。




「…幻滅したか?」
「ち、違うよっ!」


自分でもびっくりしてしまうような声が出た。否定したかった。
顔を合わせずらくて下を向いたままだったけどどうしても伝えたい。




「本当のことを言えないようにしてごめんね。気づけなくてごめんね」

ヒントはあった。
だけど私が気づこうとしなかった。



「貴方に言いたかったことがあるんだ。この奥州に住まわせてくれてありがとう。すごく良いところだね」


力が抜けたまま笑えばポンと軽い重みを感じた。
ゆっくりと顔をあげその瞳に彼を映せば頭を優しく撫でられた。



「お前はどこまで優しいんだよ」
「…えへへ」

泥まみれの私の頬にそっと触れる。
冷めきった私の頬に温もりが伝わって目を閉じた。




泣かないと決めた日
(ありがとう、政宗君)



「ねえ、藤次郎君」
「なんだ?」
「あのね政宗様って呼んでもいい?」
「ダメだ」
「えっ!?即答っ!!?」
「政宗でいいからいつものように呼んでくれ」
「…えっと、政宗、くん…?」
「どうした?」
「…ううん。何でもない呼んだだけ」

優しいのは政宗君の方。
泣いてしまったわたしを慰めてくれた。生きるのに疲れてしまったとき、政宗君がいてくれたから。
だから私は此処にいる。此処にいれた。


此処が私の居場所なんだと教えてくれた。



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