すみませんが飲みは遠慮しますね、と文面であらわすと丁寧な感じになるのに彼女の表情はそれとは似ても似つかない嫌そうな顔でシャルルカンの誘いを断った。完全にシャルルカンが嫌われてる…と、はじめは思っていたけれど二人の会話を静観しているとまるで夫婦の痴話喧嘩を見ているようだと思った。そんなこと口に出したら絡まれるだけだから言わないが、そう心の中で思ったのはどうか許して欲しい。シャルルカンは彼女が引きこもり始めたと聞いて心配になったと素直にいえばいいのにな。

「スパンダインさん」
「スパルトスです。いい加減覚えてほしいのですが…」
「ごめんなさい。ちょっと記憶力が乏しくて」

謝っているのに、誠意が見られないのはその顔だからだろうか。ハハと笑う姿は照れ笑いに近いものだった。…別に褒めてはいない。
飲みを断られたゆえにシャルルカンを連れ帰ろうとしたとき、偶然にも彼女のその手に抱えられた本が見えた。疑問に思い聞けばこの書物を読みたいとのこと。どうやら“シンドバッドの冒険書”のようだが意味のわからない部分がいっぱいあって読むのが大変だとか。それなら私が付き合いましょうか、そんな言葉が自然と口に出ていた。きっとこれは彼女に対するちょっとした好奇心だったと思う。



「このシンドバッドって人もその部下の人も凄くないですか?なんか凄いを通り越して凄いんですけど…もう意味がわからない」
「私にはなまえさんの言っている意味がよくわかりませんが」

凄いを通り越して凄い?…言葉の表現が乏しいのか。いや、そんなことを言ってしまっては女性に失礼だ。やめておこう。

「この迷宮(ダンジョン)って何ですか?眷属器って何?は?チートなんですかね?みんな脱人間をしたいんですか?」
「…。貴方は本当に何も知らないんですね」

シンドバッド王より彼女の境遇はあまりいいものではないと聞いていた。けれど文字は読めるらしい。まあ書物に手をおいてゆっくりと読み上げる独特な形ではあったが。……しかし本を読むにも用語がわからないと言い、迷宮から始まって様々な単語の意味を聞いてきた。こちらとしては当たり前のことばかりを聞くものだから逆に説明しづらいというかなんというか。それに言葉の節々によくわからない単語を挟んでくるし意味がわからず助けを求めようとも始めにこの部屋へおしかけたはずのシャルルカンは暇になった為かベッドで寝ているし。…困ったな。

「あ、ちなみにこの本ってシリーズになってるわけだし人気はあるんですよね?印税ガッチリ入っちゃってる感じですかね。羨ましい。なんて羨ましい」
「…はぁ。まあ大勢の方が読んでいると思いますよ」
「なんというか発想力が違いますよね。これが才能の違いなのかと。国語の成績がよろしくない私としては嫉妬しますよ完全に」
「迷宮攻略は死と隣り合わせですからね。発想や機転等が生死を左右するのもおかしくはないです。まあ迷宮だけではなく他にもいろいろなことを仲間と共に乗り越えてきましたよ。根拠もないのに王について行けば大丈夫という自信が持てましたからね。不思議ですよね」
「なにその経験者は語る的な感じは…」
「え?…まあ、私も力になりたかったので……」
「え?」
「?」
「あ…そ、そうなんですか。いえ…、…。ちなみにこの筆者は今、いったいどんな暮らしをしているんでしょうかね。印税生活ってやつですかね。豪遊とか?それともニートかな?ニートなのかな?暇してるのかな?」
「ニート?なにを言ってるんですかなまえさん。暇も何もシンドバッド王は今でもしっかり執務を行っているじゃないですか」
「……えっ」
「まあたまに嫌だとか放棄してジャーファルさんに追いかけられていますが…きっとそれなりに…はい。立派な方です」
「ん?なに、え?」
「まだ出始めですからね。これ全部読めば大方解りますよ。お話が進むにつれて内容が誇張されていきますけれど…」
「…。ちょっと待って落ち着こうスパンダムさ「スパルトスです」…そうねスパルトスさんね。と、とにかく。なんだか懐かしそうに言ってますけどフィクションですよねコレ。中二病が抜けきれなくって自叙伝(笑)とかって言っちゃってるやつですよね?くっ俺の右目が疼くぜ…っ!!的な!!?」
「あの、チューニビョーとは一体…?」
「…ハハ。やだなぁ、スパルトスさんったら………。………ガチですか?え?何…ガチなの?この話の主人公って………ドリア王国だかの王様なの?現実?」
「シンドリアですよ。現実も何も今此処こそがシンドバッド王が治める、シンドリア王国じゃないですか」
「えっ」
「え?」
「…」
「…」
「……」
「……なまえさん?」
「ハハッ。今完全に私のキャパシティを越え気がしたので聞かなかったことにしますねー」
「……?」

なんだか彼女の様子がおかしくなったような気がしたのでちらりと表情を盗み見た。なまえさん目が笑ってないです。完全に死んだ目をしてますが一体どうしたんですか。



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