おかしな単語を連ねて、ひとりで顔色を悪くしたまま勝手に走り出して、手摺りに掴まってシンドリアを見下ろしたなまえは何かを告げた。呟くくらいの小さな声だったがその言葉は確かに俺へ届いた。ここは何処なのか?と。その質問にシンドリアだとしか言うことしか出来ないが、はたしてなまえの問い掛けにこの解答で合っていたのかはわからない。
「な、んで…泣いてんだお前…」
振り向いたなまえの目から涙が伝う。どうして泣いてたかなんて俺にはわからねぇ。しかも止まらないのかぽろぽろと地面へ染みをつくる。一度下を向いてそれを確認したあと、手で無造作に拭いてキッとこちらを睨むなまえ。…鼻水出てて何も怖くないぞ。
「知らないですよ。悪いですか?私が泣いたら悪いんですか?」
「いや…そういうつもりじゃねえよ」
泣いても気の強さはかわらないらしい。ずず、と鼻水を啜ってまた目を擦って。ああ目が赤くなってきたぞお前。
見てられなくなってなまえの腕を掴み場所を移動した。あそこじゃ誰がいつ来てもおかしくねーからな。「何をする離せ」と後ろから聞こえてくるが一切無視。なるべく人が通らない場所まで誘導しなまえへ向き直れば「この白髪野郎!」と言ってきたから頭に一発チョップをかましておいた。これはお前が悪い。
「い、痛い。これ絶対頭蓋骨凹んだ。心も凹ん…ブフアアッ、あ、汗くさい!」
「黙れ。今汗拭くタオルしかねーんだって。ああほら手で擦ったから腫れてんじゃねーかよ。お前ハンカチとかないのか」
「ない。私に女子力を期待しない方がいい」
「じゃあ擦るなわかったか。…ほら泣きたきゃ泣け、さっき我慢しようとしてただろ?」
しのごの言わせずなまえの顔にタオルを押し付けるとおとなしくなった。
あの時、なまえが唇を噛み締めて涙を止めようとしてたのに気づいた。それはなまえが泣きたくないからだろうと感じて、こうして場所を移動した。
「…もう頭の痛さのあまり引っ込んだんですよ。汗くさいタオルは懲り懲りなんだぜシャルさん」
「おーそうかそりゃよかった。俺ももう貸したかねーし」
こいつ可愛くねー
ほんと可愛くねー
「で?なんでいきなり泣いたんだ?」
「そ、それは、ちょっとですね、心の整理が…。なんかもう意味わかんなくて」
「お前が意味わかんねーよ。いきなり泣いてるから焦ったぞ俺は」
「意味わかんなくていいです。ほんと知らないフリしててください。そっちの方が嬉しいです。……なんかシャルさんが察しの悪い方でよかったです」
「それけなしてんのかお前」
「滅相もない!!」
タオルから顔を離しキリッとした顔でこっちをみた。どうやら本当に泣き止んだみたいだがやっぱり目は赤い。誰かに見られたりでもしたら問いただされそうだな。
「ほら鼻水ついてんぞ」
「ブフアアッ、や、やめろおお」
嫌がるなまえを無視してさっきのタオルで拭き取る。…相当嫌らしい。俺は面白いけど。だから気づかないフリして鼻をぐりぐりしてやったら腹パンされた。気合いすらないパンチはただくすぐったいだけだが、顔面をタオルに覆われたままなまえは笑う。ついに狂ったか…とタオルを外しなまえをみて驚いた。
「シャルさんなんだかお兄ちゃんみたいですね」
「ばっ!お前、いきなりそんなこというなよ!」
「へへ…」
はにかんで笑った顔は、出会い頭の気持ち悪さを掻き消すほどにいい表情だった。