一冊だけ本を手に、シャルさんと中庭へ来た。中庭もすごい広くて、それだけでリッチな彼らへ冷たい眼差しを向けてやりたくなった。

とりあえずシャルさんを無視してベンチに座る。少し古めかしくも表紙がしっかりしたその本にタイトルはない。いやこれ、書いてあるのかな。中心に書かれた文字はまっく見たことのない字で気づかなかった。一体何処の言葉なのかもわからない。まあいいや。部屋ではシャルさんに気遣って開けなかったから一度開けてみないとね。中はきっと翻訳でもされてるだろと安易な考えだった。……………よ、めない。
パタンと優しく本を閉じた。完全に読めなかった。暇潰しにもなりはしない本に絶望した。本をそのまま膝に置き溜息ひとつ吐けば、まるで生気すら出ていってしまうような感覚さえある。ぐっと溜息を引っ込め目下の本を見遣ったとき、なまえは偶然にもそれを発見したのだ。

「シ…?」

文字に触れた手というか、そこに鳥もどきが勝手に集まって少しずつ文字が変化をし始めた。

「シ…ンドバッド、の、冒険書…?」

文字にあわせゆっくり手をずらしそれを読み上げた。あれ?読めた?今読めたんじゃね?ともう一度全体を見渡せどもう読めやしない文字がそこにある。やっぱ気のせいだろうか。首を傾げつつもう一度、さっきと同じように手を当てようとしたときにシャルルカンがなまえを呼んだ。

「なーなまえ、稽古しようぜ」
「は?け、稽古?…すみません私運動音痴なんでそういうことはしない主義なんです」
「っかしーな。ジャーファルさんがなまえは運動神経抜群って言ってたんだが」
「ハッ!まったくジャーさんったら、どこからそんな嘘を……………??」

あり?鼻で笑わせてもらったけど、前にそんなことあったかな。言ったような言ってないような曖昧な記憶が脳裏を過ぎっ、らない。残念なかった!そんなもの無かった!あったかい飲み物と闇夜に消えたね!追いかけっこなんて言葉存在などしない!


頭の中の整理を済ませ、そらした視線をシャルさんへ向けたときギョッとした。

「けけけ、剣?!」

長いそれを翳しなんかひとりで動いてる。稽古…ってなに。そのことだったんだ。模擬刀ってかコスプレの備品みたいなものでしかと聞いても「はあ?」と言われるばかりで泣きたくなった。じゃあ何、これは本物なんですか。そっちの方が信じられないでしょうが。

「シャルさん本物だったら銃刀法違反ですよ。これ逮捕されちゃいますよ」
「なに言ってんだお前」
「えっ…あ、の、許可はもちろんとってるんですよね??」
「はあ?許可なんて必要ねーだろ」
「……日本刀でもないんですかそれ」
「ニホントウ?」
「…」
「…」
「シャルさん、あの、つかぬことをお聞きしますが、……日本って知ってます?」
「ニホン?…どっかの国か?」
「…」
「…っは」
「おいなまえ?どうした顔が青…」
「…、」


ッウワアアアアアア!!!1




「なまえ!!どこに行くんだ!?」

シャルさんの言葉に返す余裕なんてなかった。膝から落ちた本すら気にとめることなく無我夢中に走り出してしまった。


どこに向かってるかなんてわからない。目的地なんて特になかった。けどこの建物の外を、どうしても見たかった。勢いそのままに手摺りに縋り付きこの世界を見下ろした。

「…、…まじか」

いつも、空ばかりを、見ていたから気づかなかった。この目下に広がる街は一体なんだろう…

「ねえシャルさん」
「なまえ?」

振り切ろうとしたつもりもない。むしろ私の速さなんてたかがしれてるワケで。けど、追いかけて来てくれた彼はそこにいた。
もうむやみやたらに逃げるのやめよう。気づかなかったワケじゃないんだ。おかしいと思ってた。でも、さ。いきなり知らない場所とか人とか魔法とか剣とか…そんなもの処理できるワケないじゃないか。私はそこまで馬鹿ではないと思うけど賢くもない。理解なんてしたくない。知らないままでいられるなら知らない方がいい。
なのに。溢れそうなこの感情を、口からふつふつと沸き立つようなこの気持ち悪さを留めることはできなかった。ゴクリと生唾を飲み込んで零れた言葉は自分自身でもわかるほどに震えていた。


「ここは何処なんですか」


私の声はちゃんと出ていたのだろうか。彼に伝わっただろうか。この意味、を。貴方は理解してくれるだろうか。


ねえ教えて下さいよ。


これは夢、なんですよね?



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