「なまえ様!なまえ様!」

前方から周囲を見渡しながら急ぎ足で駆ける女の姿。
その女の姿に政宗は見覚えがあった。他の人間とは違うその赤みがかった茶色髪と青い瞳。あまりの異端色に誰もが一度は振り返るだろう。
そう、あれはつい最近この屋敷へと来た新入りだ。女もまた政宗と目が合うと急ぎ足だった足を止め、彼の進む道の邪魔にならないよう隅に移動しお辞儀をした。

「お前はあいつの…」

ふと呟かれた声に女はゆっくりと顔を上げ政宗の顔を見た。

「はい!私はなまえ様の侍女にございます、ナツと申します」

かちあう視線にナツはふわりと笑った。




「あいつがどうかしたのか」
「…そ、それが」

なにぶん言いにくいのか。戸惑いが声と動作にあらわれてしまっている。
ナツは一度考え込み、重たく閉ざした口を開いた。

悩んだ挙げ句、ナツは告げる。自分が目を離した隙になまえがいなくなってしまったとを。

「はあ!?」
「申し訳ありません!」

頭を下げ謝罪を口にするナツ。
しかし…これは問題ではないだろうか。

「お前1人で探してんのか?母上に頼めばいいだろう」
「それは駄目なのです!」

勢いのつきすぎた否定にナツは口をつぐみすみませんと一度謝った。

「義姫様にも、誰にも言わないで下さい」

それはなまえから目を離してしまったことによっての自分の身を危惧している為か、…と思ったのだがどうもそうではないらしい。

「これはなまえ様の為なのです」

そう告げたナツの瞳に嘘偽りはないように思えた。











誰もいない河川と彼女を囲う森。なまえは今一人そこにいた。

なまえが連れてこられたのは青葉城という場所らしい。位置的には宮城県仙台市あたりの東北地方。ちなみに青葉城は仙台城とも呼ばれている。未来にその名が存在するほど有名な名だ。
そんな場所に興味を惹かれてしまうのは当たり前のことではないだろうか。城というもの含め、正直探索せずにはいられないのが人間の性というものだ。…しかし困ったことにここは想像以上に広すぎた。

自分自身城探索をしていたつもりでいた。だからこの小川を見たときにハッとしたのだ。こんなところに、いや城の中に、あるはずがない。周囲を見渡せばあたりは森という森。知らない間に私は城から出てしまったらしい。今思えば白い壁に小さな穴があってそれをくぐり抜けた気がする。もしかしたらあれは城壁だったんじゃないかと思い返すと、溜め息が出た。
城を出てしまったなら戻ればいい。なるべく見つからないようもと来た道を辿り何食わぬ顔で笑っていればいい。それで城を出た問題は解決なはずなのに、残念なことに今の問題は“帰り道が分からない”ということ。

要は迷子ということ。状況は最悪だ。


振り返っても見覚えのない景色。いや見覚えあったとしても同じ風景ばかりで分からないだろう。
もう一度、自身の口から溜め息が出て今この状況によりいっそう心が沈んだ。


そんな気持ちを救いあげたのは突風。
それに流れるピンク色の花弁が本体を主張させ、今まで視界に入れていなかった大きな大木が見えた。

「うわあ…」

綺麗。とても綺麗な桜の木だ。
ふわふわ揺れるそれに目を奪われる。さらさら流れる川と髪を撫でるように優しくそよぐ風。花弁が戯れるように空を舞い、なまえの横をすり抜けた。

「き、れい」

思わずそれに興味をひかれすり抜ける花びらへと視線を移す為に振り向いた時だった。


「!」

信じられない。
視線の先に、夕日を背に、こちらを見つめる兄がいるだなんて。
こちらへと足を歩める兄は眉間にシワを寄せている。なまえは兄の姿に目をとめたまま、蛇に睨まれた蛙のように動けずにいた。



「帰るぞチビ」

たった一言を政宗は告げ、足を翻す。


それをみたなまえは慌て彼を追った。
なにを考えたわけでもない条件反射というやつだ。


彼の背だけを見つめただひたすら追いかける。
その速度は百歩譲っても幼いなまえにとって優しくない速さ。政宗の一歩はなまえの三歩分だろうか。こちらが遅れているのも気づかずに政宗はずっと前を見ている。いや気づいていながらも緩めないだけかもしれない。彼の一歩一歩が遠く感じるが、見失ってしまえば帰る手段がなくなるのと一緒だ。だから負けずに追いかけた。


でもどうして政宗がここにいたのだろうか。

勝手に屋敷から出たことを怒っているのだろうか。
後ろを歩くなまえには政宗の表情も何も伺えない。不安や焦りが心を埋めつくしぐちゃぐちゃになりそうだった。



どんどんと離れていく兄の姿。

このままでは見失ってしまう。


追いかけても追いかけても縮まらない距離が切なくて、立ち止まった。

俯きこんにち三度目の溜め息。


もう迷子にでもなれ。
もうどうにでもなってしまえ。

第三者のように投げやりになった。自分の表情が歪んでいくのがわかった。
こんなことで悲観的になっている場合ではないのに。私には、ちゃんと成すべきことがあるのに。



「何してんだ」

だけど顔を上げればそこには政宗がいた。
いつ戻って来たのかも分からない彼の姿。
目を真ん丸にして彼を見上げるのだが、政宗はそれ以上の言葉を言ってはくれない。
互いにじっと見つめていれば黒が視界を覆った。
途端にぽん、と頭を叩く。

わけがわからなくて困惑していればその黒はなくなっていた。

「自由に歩きたいなら心配かけさせんな」

夢で囁かれたような
お伽話を紡がれたような
不思議な 不思議な 音色。


今まで経験したことのないくらい心地好かった。この気持ちは何だろう。




「なまえ様っ!見つけました!」
「あ、あれ…?ナツ…?」

いつの間にかそこは見慣れた場所。
目の前にはナツの姿があり、瞳にじわりと涙を滲ませてなまえの両手を自身ので包みこんだ。
そんな彼女になまえはついていけず、困惑しながら辺りを見渡した。キョロキョロと辺りを見回すそんななまえに今度はナツが首を傾げた。


「如何なされましたか?」

ナツの問い掛けにハッと我に返り彼女を見た。ナツは不思議そうな視線をこちらに向けながらも視線が合えば柔らかに微笑んだ。
ナツは膝を折り背の小さななまえと同じ高さにしてくれる為見上げることはない。そんな小さな気配りがナツのいいところだ。


「ううん。なんでもないです」

えへへと笑い己れの頭に触れる。



政宗の姿はどこにもなかった。

だけど温かかった。
撫でられた頭には小さな温もりが残っている。

それが夢の出来事ではないと確かに証明していた。






御覧の通り私は生まれつきこのような髪でそれはもう忌まわしいと気味悪がられました。ですが母と異邦人の父だけは私の味方でした。それだけで幸せだったのです。しかし時とは残酷なもの。愛しみ育ててくれた両親は流行り病に倒れ亡くなりました。それから独り生きてゆこうにも風当たりは冷たく村人も親戚も知らぬ顔。すがる居場所もなくなった私は死さえ覚悟致しました。そんな時なまえ様と出会ったのです。普通はこの色を見て近づいてもくれないのになまえ様は違った。これを見て嬉しそうに触って下さいました。「気味悪くないのか」という私の問い掛けにも“どこが?よくわからない”と色ばかりに夢中で相手にしてくださらなかった。無垢なお方でその優しさのあまり私が「死にたい」と零してしまったときも手を差し延べて下さいました。付き人になってほしいと。もちろん周囲の方々は反対致しました。見知らぬ相手をましてやこのような色を持つ怪しい奴を、と。しかしなまえ様はそれを聞いて尚、一歩も引かず“ならば私は一体どうなるのか”と告げ周囲を納得させました。
私となまえ様はこのような出会いでした。彼女がいなければ私はもうこの世界にいなかったかもしれません。
なまえ様は散策するのがお好きなのです。そんな趣味を見つかってしまったら気軽に出歩けなくなってしまうかもしれません。だからせめて好きに歩けるようにと、私がなまえ様に出来ることをしたくて…。それが私にできる恩返しなのです。

私を解雇して下さっても構いません。今はもう死ぬだなんて愚かなことは考えてもおりませんしどんな逆境でも足掻いてみせます。……ただ、なまえ様の楽しみを奪わないでください。



他人とは違う髪をふわりと風にゆらしながら笑う。ナツはこの色を憎いと思ったときもあったが、なまえと出会えたきっかけになったこともあり今ではその色が好きだそうだ。

他人と違うものを受け入れることは一見簡単なようで難しい事柄だ。それはもともとの本人が持つ心やその生まれた環境によって形成された感情、様々な要素に反映される。人間…いや日ノ本の者は他人と違うものを祟りや呪いと称し排除しようとする。周囲から気味悪がられているのを知ってた上で近づくということは、大人を見て育つ子供でさえしない。
それなのになまえは他人と違うことをものともしない。政宗を見たときでさえ、普通ならばその覆われた右目に誰もが二、三度見返したり凝視するが、それを見て驚きもしなかった。


ハア、と政宗は息を吐き二人の声に耳を傾ける。
なまえが行方不明になり城で騒がれるのが迷惑だっただけだ。ナツが城内を探して見つからないということはもしかしたら…と自分に照らし合わせて考えた。隠れて城を抜け出すときによく使った誰も知らない秘密の通路、本当にそこから抜け出したとは思っていなかったがいざ進んでみればあいつを見つけた。なんて好奇心の旺盛な子供だろうか。

「…すっげぇ」

驚いたのはその行動力か。それとも

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