「ご…豪勢だね」
「だって今日は記念日なのよ」

私の一言に微笑むおかあさん。初めてこの家で、新しい家族四人で、夕飯を食べる。テーブルに並べられた料理はどれも美味しそうにあたたかな湯気を出して輝いている。おかあさんにとって、いやみんなにとっての記念日……ってそんなこといってたら毎日が記念日尽くしになりそうだ。
見た限り準備はほぼ終っているが何か手伝うことはないかとおかあさんに聞くと今日は一人で全部やるから座ってて!とのこと。やる気満々なおかあさんの姿にハハハとカラ笑いを浮かべていたら先に席についていた鉢屋三郎が私を呼んだ。
視線を向ければ鉢屋三郎が自身の横のイスを指差し座れとの指示。どうやらおかあさんとおとうさんが隣で座り、向かいに私と鉢屋三郎が並ぶようだ。呼ばれたこともあり素直に従い座ってみた。…なんか、なんだろこれ。

「なにソワソワしてんだ?」
「家でイスに座って食べる習慣なかったからなんか不思議だなって思って」
「今日からそこがなまえちゃんの定位置になるかもしれないなぁ」
「えっ?そ、そうなんですか」
「そこに慣れると他に座ったら違和感が出るぜ、きっと」
「へえ」

おとうさんと鉢屋三郎の二人と少しぎこちないかもしれないが、会話が出来た。うむ…なんとか馴染んでるかなとホッとする。そしておかあさんも席について、四人で手を合わせいただきますと合掌した。
お互いの他愛のない話で食事は弾み、時にはお互いの親が子の暴露発言をしては逆襲とばかりに子が親の正体を曝す。やられたらやり返すというのはお互いなんか似ていた。何が、とは具体的にはあらわせないが似ていたように思う。



「あ、鉢屋くん醤油とってくれる?」

私の声に三人の動きがピタリと綺麗に止まった。ふと気になり横にいる鉢屋三郎を見たら呆れた目を向けられていた。
え、なに。私なんかした?意味がわからず困惑していれば正面からおかあさんが私の名前を口にした。

「私達みんな鉢屋になるんだから名前で呼ばないと。みんな反応しちゃうじゃないの」
「…あ」
「ほーら言われてやんの」
「うぐ、」

すっかり忘れてた。そうだよね。これはもう癖とかっていう言い訳は無理そうだ。でも、くん付けだと鉢屋三郎にまた何か言われるだろうし。そして何よりこのままでは鉢屋三郎は醤油を渡してくれない。名前で言うしか手はないだろう。

「さ、さぶろー」
「ん?」
「醤油とって」
「おうわかった」

すんなりと渡された醤油瓶にありがとうと礼を述べる。きっと今、鉢屋三郎はしたり顔で私を見てるんだろうなって思いながらちらりと横目で見た、けど…でも違った。鉢屋三郎はなんでそんな嬉しそうな顔をしてたんだろうか?








食事を終えおかあさんと二人で後片付け。おかあさんが洗い物をして私はその洗いおえた食器を拭く係。

「賑やかな夕飯だったわねー」
「うん、いつもと違う感じ」

でもそれは悪い変化じゃない。むしろとても良い変化だと思う。
二人でだって何の問題もないけれど人が増えると笑いだって増えた。初めは不安でいっぱいだったし気遣いだってするけど、なんだかんだで楽しいと思えたのも事実。


「おかあさん幸せ?」

突然だけどふと問いたくなった。聞かずとも返ってくる言葉は予想がついてるけどおかあさんの口から直接、聞きたかった。今貴方がどう思っているのか。なんの脈絡もなく言ったためか少しの間をあけながらもおかあさんはただ一度頷いた。

「ええ、とても」
「そっか」
「…なまえ。あ、あのね、」
「ねえおかあさん」
「な、なに?」

何かを言おうとした声を意図的に遮った。…だってさ、今、おかあさんの謝罪なんていらないんだもん。

「私もね嬉しいんだよ」

だから、ね。私に対して言うことはないんだよ。そんなことは私とおかあさんの間には不要な言葉。大丈夫、おかあさんが幸せなら私は幸せなんだ。
そんな私の気持ちを表すかのようにキュッキュッと食器が音を奏でる。隣ではおかあさんが食器の泡を水で流す。二人並んで立つキッチンはとても心地好かった。きっとこれからだって上手くやっていける。心が満たされたような気持ちになって自然と自分の口元が緩んだそんなときだった。


「あ、そうそう!お父さんがねお仕事で出張しなきゃいけなくなったから、私もついていくことになったの」
「へー。……んっ?」

なんだ?いま、さらり凄いことを言われた気がするんだけど…

「お父さんが仕事に集中できるように私がしっかり支えたいの。なまえは三郎くんがいるから大丈夫よね」
「…は?」
「ちなみに春休みが終わる前に行くわ。だから悪いけど家のこと宜しくね」
「エッ」

え、…はやくない?というか三郎くんがいるからって。すなわちこの家に二人?二人ってことなの!?
なんの悪びれもなく爽やかに言い放った言葉に私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。



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