敬語を使うな、と鉢屋三郎に言われた。…そりゃ私だって同級生にですます口調はあまり使わないよ。時と場合によってはあるけど。今回たまたま私にとっての、時と場合だっただけで。

だから直したよ、希望通り。だけど鉢屋三郎はそれだけじゃ嫌らしい。

「なあなんで苗字呼びなんだよ」
「え、だって、話したことなかった、からかな」

逆にさらりと名前呼びされた私が驚きっぱなしだよ。なんで、こう、いきなりフレンドリーなんだ。鉢屋三郎を知ってはいたけど学校じゃ関わりも接点もなくて、ついこの間まで鉢屋三郎は私のことを知らないだろうとか思ってたんだぞ。私目立たないし!むしろ目立ちたくないし!

「ならもう俺がいいって言ってんだから名前で呼べって」
「…いやあ、急に変えるのって結構大変だよね」
「お前も鉢屋になるんだしもう名前呼びが普通だろ」
「ああ、それなんだけど私の苗字はみょうじのままでいかせてもらうの。おかあさんには言ってあるし」

これは前々から決めていたこと。再婚すると言われた際に私ががおかあさんにお願いしたのは唯一これだけ。この何十年と生きてきたなかで慣れ親しんでいた“みょうじ”。なんでかはわからないけど苗字を捨てることができなかったっていうか、…変えるのが面倒だってのが大半の理由かもしれないね。
うん、というか今じゃ新しい苗字に変えるつもりはなくなった。新しい苗字が嫌なわけじゃなくて、問題があるとするなら今後の学園生活のことに関係するからだ。両親の再婚を理由にしたって、友達やら何やら、何かしらのアクションがあるに決まってる。挙げ句、あの鉢屋三郎と同じ苗字だ。もし私が鉢屋になったら皆がどう反応したりだとか、どうなるかなんて想像したくない。…ますますみょうじを手放せなくなったような気がする。

「やっぱり学校には持ち込みたくないし」

本音はここにつきるかも。
…たとえば、だけど、女の子にモテモテな鉢屋三郎と、同級生なだけの私が同じ屋根の下にいるとしたらどうだ。鉢屋三郎のことを好きな人からしてみたら面白くないことこの上ない。面倒なことになりかねん。普通の友人にだって説明しづらいし。これはなるべく秘密にしておきたい。

「そう、秘密!私のおかあさんと鉢屋くんのおとうさんが結婚したのも、私と鉢屋くんが一緒の家にいるのも内緒にしてね!」
「…えー」
「えー、じゃなくって!ほんとお願いだから!」

モテモテの鉢屋三郎はこの意味をわかってない。…いや、でもなんか笑ってる!この人楽しんでるよ。私の反応を見て楽しんでるだけだ!

「つか、それ呼び方には関係ないだろ」
「それはもっともな意見だけど!」
「だろ?どうせこれから家族なんだし他人行儀はよそうぜ」
「…んー」
「悩むなそこで」

家族になる、のに、他人行儀な会話しか出来ない私は本当に可愛くないしコミュニケーションとやらが上手くないと思う。逆に鉢屋三郎はといえばもうこの状況下にも馴染み今の今まで話したことのない私とタメ口を使いこなす。別に初めから敬語を使わないからみたいな意味で嫌なわけじゃなくて、なんで、こう、人生においての世渡りのでき具合がこうも違うのかなんて羨ましく思ったりしてる。



「鉢屋くんは」
「三郎な」
「…」
「…」
「…鉢屋三郎くんは」
「なんでフルネームなんだよ」
「…えっと、ノリ?」
「ノリかよ」
「んでさ鉢屋三郎くんは、迷惑じゃないの?」
「迷惑?」
「まあ、なんていうの?同じ学校の私がいきなり家族とか嫌とかじゃないのかなー、と」
「…なまえは」
「?」
「なまえはそう思ってんの?」

まさかの質問返しがきた。そんな風に返されるとは思ってなかったから直ぐに返答できず間はあいてしまったけど、その言葉に返すことは決まってる。

「思って、ない」
「それと同じ」

いろいろ思うことはあるけど嫌とか迷惑だとは思わない。グチグチいってたけどいきなりの展開にビックリしてるだけが大半を締めるだけで深い意味はない。面倒なだけ。
…鉢屋三郎も親の幸せを願ってるんだろうか。なんでかわからないけど根源は私と同じような気がした。

「マザコン」
「うっせロリコ、…じゃなかったファザコン」
「間違い方が失敬だなお前」

ロリコンと言いかけたことに深い意味はないよ。ほんとちょっとしたウッカリってやつです。



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