鉢屋三郎

その固有名詞で大川学園高等部に通う殆どの人間が理解できるかもしれない。奴は俗にいうイケメンなくせに頭が良くなおかつ運動神経も万能らしく、女の子の興味をひく要素を無駄に取り込んでいる、いうまでもなくまあモテる。
クラスは違うけど、そんな人物のことを私がなぜ知ってるかといえば女の子の色恋沙汰で名を連ねる一人であり、鬱陶しいくらいその名を耳にするからだ。もちろんさっきの話も、友人達から聞いた。




そんな鉢屋三郎と、私が、親の再婚にて家族になる。これは私にとってはけっこうな衝撃だったのだ。だからこそ、紹介されたあとの食事会のことはあまりよく覚えてない。ただご飯がとても美味しかったのは覚えてるんだけどね。…食にがめついな私。


「なまえーもう終わったー?」
「あー…待って!もうちょっと!」

忙しないおかあさんの声が聞こえ、ふと意識を戻す。私の目の前に置かれている段ボールには“なまえ・私物、開けるな厳禁”と書かれていて、前を見れば同じような段ボールの数々。いつもみていた風景と一風変わりスッキリした我が家。それをみて改めてこれが現状なのだと理解する。

もう、新居に移るのだ、そうだ。つい先日新しい家族を紹介されたばかりだというのになんてはやい。



引越すための身支度はこなしているが、正直、自分自身が当事者ではないかのようだった。私の意思すらなしに(…というか言わないだけだけど)物事がホイホイ進んでいくこの状況。それでも一応、わかってはいるのに、頭が上手く処理出来ず現実味を帯びていないのだ。
まあそれでもおかあさんの幸せそうな顔を見ると、ああよかったとホッとするから良しとしよう。…そうそう。ここまでいってなんだけど事前に宣言しておこうと思う。私は決してマザコンではない。



「なまえこの荷物運ぶのか?」
「わっ」

突然背後から声をかけられて無駄に肩が跳ねた。おかあさんじゃない、その声の人。ばっと振り返ればは鉢屋三郎がいた。なぜここに!?……というのはもう聞くにも値しない言葉だから口から出そうになったのを飲み込んだ。

「?、おいどうした?」
「いや、なんでもない、です。えっと、ハイ。運び、ます」
「やけにカタコトだな」

変なやつ、なんて付け足され鉢屋三郎は笑った。
そうそう、おかあさんと私の引越しの手伝いを鉢屋三郎と新しいおとうさんが手伝ってくれている。女だけじゃきっと大変だったからこれは本当に有り難いことで、引越し作業も順調に進んでる。楽だ。




「ほらこれ持て、行くぞ」
「おわ!」

両手に渡されたひとつの段ボール。これまたいきなりだったからビックリしながらも持ち直した。私が抱える段ボールは比較的軽いやつで、鉢屋三郎が持つ段ボールは私の記憶が正しければ重いものを入れた気がする。…まさか、な。紳士か。紳士なのか。

「なまえ重くないか?」
「っだ、大丈夫…です」

…それに聞き違いじゃない。はじめは気のせいだとスルーしたけど、どうやら間違いじゃなかったらしい。鉢屋三郎は私を名前で呼んでる。しかも呼び捨てとは難易度の高いことを平然とやってのける。さすがリア充というべきなのか。ちなみに私のいうリア充というのは彼女がいるとかではなく外向的な意味合いで解釈していただけると助かる。

余計なことを考えながら、前を歩く鉢屋三郎のあとに続く。私より重い段ボールを運んでるのに疲れるそぶりもなく悠々とした足どり。男の子ってすごいな、と心の中で褒めたたえてみる。そんな間にも玄関先に止まってるトラックに段ボールを詰め込み鉢屋三郎はこちらを振り返った。そしてかちりと目が合いながらもぼけっと突っ立っていた私の両手にある段ボールを奪い、またトラックへと入れた。

「案外荷物少ないな」
「まあ、おかあさんと二人ですから」
「……そんなもんか?」
「たぶんそうだと。む、むこうに電化製品もあってそんなに必要なものないみたいですし」
「……あーそう、だな」
「わ、私も必要最低限に留めました」
「………おう」
「……あ、あの、」
「………」
「………えっと」
「……」
「……」

あれ、なんだろ。なんか急に喋らなくなった?それにさっきまで普通だったのに顔しかめてる?気に障るようなこと言っただろうか。もしかしてお礼を言ってないからか?

「……すみません、今日は手伝ってくれてありがとうございます」
「………」
「お、お礼いうの遅くてすみません」
「………そうじゃなくて」
「え?」
「……」
「?、鉢屋くん?」

い、意味わかんない!なんで急につまらなさそうな顔をしてるの!?そうじゃなくて、ってじゃあ他に何か原因があるのか!…もうどうしたものかと頭を悩ませてれば「なあ」と続く言葉。


あろうことか鉢屋三郎は自分の髪をぐしゃぐゃっとかき乱してから私の手を掴んだ。えっ

「なんかお前妙にかたっくるしい!いいかなまえ!これから敬語はなし、な!」
「うわあは、はい!」
「……」
「…わ、わかった」

まくしたけあげるように言われた言葉の意味も理解する前に、すぐ肯定をしてしまったけど、それでは満足してもらえずジトッとした目で見られた。…なんか勝てる気がしなくて次の言葉をだせば、今度は笑顔のオプションつきの満足げな声で「よし」と言い、頭を撫でられた。私は犬か。


「ついでに言っとく、俺は三郎だ」


……。

どうして鉢屋三郎はいろんな意味で順応性が高いのだろう。これがモテる秘訣ってヤツですか解りません。



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