『いまどこ』


たった4文字。ただそれだけのメールに、これほどの威圧感を感じたことはない。

バイト帰りにケータイを開いたら新着メールがあったから宛名などさして気にせずボタン連打で開けば冒頭通りの内容だけ。改めて宛名に目を通したら鉢屋三郎の名前でした。うわあああ…

今、鉢屋三郎にはバイトを隠していた為の、ちょっとした罪悪感がある。ちゃんと説明しておけばよかったな、なんて思うわけで。でもそんなこと考えても今更遅くて。どうしたものかと頭を抱えていればブブブと震え出したケータイ。どうやら着し、んんん…!

「電話かかってきた…!」

え?マジで…今部活中じゃないの。どうして鉢屋三郎から着信が!慌てて通話ボタンを押して耳に当てた。

「ふぁい!」
『プッ、なんで声裏返ってんだよ』
「ちょ、ちょっと急いで出たからさ!」

急ぎすぎて変な声になってしまったのは、恥ずかしい。本当に恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だ。



『で、今どこにいんの』
「えっと公園近くのコンビニ」
『ふうん』
「……」
『じゃあ寄ってくからそこで待ってて』
「え、部活は」
『さっき終わった。連絡来るの待ってたんだからな』
「…そ…そうなんだぁ…」

じゃあ後で、という言葉で切れたケータイを見つめる。…いつも通りだったかな?
学校で初耳だと言った鉢屋三郎は少し不機嫌だった気がした。だから黙っていたことについて良くは思っていないだろう。会ったらなんて言おう。

こたえなんて見つかるはずもない。悶々と悩み尽くしたあと、終わったことは仕方ないと開き直ることにした。今日の夕飯は少し手を加えようと思う。うん、今の私にはそんなことしか考えられないや。そうしよう。部活で疲れてるだろうから美味しいもの食べさせてあげなきゃね。





「なまえ」

名前を呼ばれたのは予想外に早かった。地面を向いていた視線を上げて声の元を辿れば鉢屋三郎がいる。学校からこのコンビニまでの距離ってこんなに早かっただろうか?、という疑問は「帰ろう」と言われた言葉で強制ログアウト。

「あれ、コンビニ寄ってかないの?」
「何か買うものあるのか?」
「私はないよ」
「じゃあ俺も大丈夫」
「…そっか」

てっきり買うものでもあるのかと思っていたのだけれどどうやらそのようすはない。なぜここまで来てくれたのかまったくもって意味がわからないまま首を傾げていれば鉢屋三郎が振り返る。

「今日の晩飯何?今日は何か肉々しいもの食いたいんだけど」
「冷蔵庫に野菜揃ってるからチンジャオロースにしようかなと思ってるよ、肉多めの」
「いいねチンジャオロース。考えただけで食欲出てきた」

前を歩き始めた鉢屋三郎からとても嬉しそうな声が聞こえてきた。それに続くように私が着いていく。なんら変わらない。いつもの鉢屋三郎だろう。なのに、その背中は少し違って見えなくもない。気のせいだと片付けてしまえば何の問題も、ない。

「………あの、さ」
「?、どうかしたか?」

でもそれでは良くないことだと、間違ってるのだと、わかってる。鉢屋三郎は私からの言葉を待ってるから何も聞いて来ない。

「ごめんね黙ってて」

ピタリとその顔つきが変わって、主語なんてなくても私が何を言いたいのか彼に伝わったようだった。聞きたくても我慢してくれてたその優しさに申し訳なさがただただ込み上げる。

「言ってくれてもよかったと思う」
「そ…そうだよね」

本当に。事前に言うべきだった。

「バイトはコンビニ?」
「う、うん。さっきのところでやってる」

もう隠すこともない。いや、隠してたつもりはないけども。ただ伝えるときがなかっただけで。でも鉢屋三郎にとっては隠されていたという気持ちになるんだろうか。彼はせっかく家族として認め合うと言ってくれてたのに。

「バイトは癖?」
「うーん…やってないと落ち着かないっていうか。…癖、なのかなぁ」
「やっぱりそうなのか」
「え」
「…いやこっちの話」


女手ひとつ、育ててくれたおかあさん。昼も夜も寝る間を惜しむその姿を見ていた私は少しでもいいから役に立ちたかった。アルバイトはその名残。二年生に上がる直前の春休みに大事な話があるから空けといてと言われアルバイトを辞めた。それからおかあさんが再婚すると話を聞きお金の面は問題なくなったとわかったけど、暇な時間が妙にもどかしくて再開させてもらった。アルバイト以外に部活や遊びや勉強だってあるのに。それでも選んだのがアルバイトなだけ。いつもの流れから選び易かったんだと思う。

昔の家庭事情についてなんとなく察してくれてるだろう。特に詳しく聞いてくることもなかったから有り難かった。




「バイトやるときは俺が迎えに行く」
「えっ」

バイトをやるときは俺に部活があるとき。一人で帰らず待つこと。報告必須。などの決まりが鉢屋三郎の口からぽんぽんと出てくる出てくる。それが呑めなきゃバイトは禁止、最後の締め括りに唖然としっ放しだった私は我に返るが、「危ないだろ」って一言。

でも。だって。と続く言葉はすべて制止させられた。家族として。両親のいない間、君と私だけの二人、どちらが守る守られるかの関係を唱えるとするなら誰だって同じようにいうだろう。それでも鉢屋三郎から言われるのは素直に嬉しいし、何だかとても不思議な気分になるのだ。


“なまえを守るのは俺の役目だから”


まあ、いくらなんでもそれは過保護すぎだろうに。



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