たとえば、ただいまとかおかえりとか。そんなことを言ったって、その声は空間に飲み込まれて誰も聞いてやいなかった。昔は幼いながらそれが悲しい、と思うときもあったけど今じゃそれが当たり前で。だからこそ、今その会話があることにほんの少しのもどかしさというか違和感がある。でも嫌いじゃない、正直嬉しい。そんなこと絶対に口には出さないけど。


「今日の夕飯、麻婆豆腐でいい?」

鉢屋三郎と二人で平気なのか。どうしたもんかと頭を悩ませることもあったけど、私が一人悩むのも馬鹿らしくなるくらい鉢屋三郎は平然としていた。
基本、料理は私が担当している。これでも女の端くれなのだ。…というのは建前としてやっぱいい風に見せたいというのがあるよね人の性としては。…美味しいかまずいかは別としても。

「……おう」
「あれ?もしかして麻婆豆腐嫌い?」
「いや…なんか、豆腐って聞くとアイツ思い出すっていうか」
「……ああ。わかった久々知くんね」
「そう兵助。あ、同じクラスだったよな?」
「うん一応ね。有名だし」

あまり絡みはなかった、けど、いつかの放課後偶然豆腐の話を(もとは料理の流れで)友人としてたとき、どこからともなくひょっこり現れたあの事件は鮮明に覚えてる。その時の友人は鼻息を荒くしてたいそう嬉しそうにしていたけどそれも初めだけ。どれだけ時間が経とうとも久々知くんの豆腐談議がとまらないのだ。一応聞いてあげなければと正座をしておとなしく聞いていたけど、一緒に聞いていたはずの友人はいつの間にか逃げていた。あ、あの畜生…と胃をキリキリさせていたので正直終盤は殆ど聞いてない。でも最後の下りに久々知くんが私に何かを問い掛けてきたときは、やべえ聞いてなかったんだけど…って焦ったけど適当に「と…っ豆腐は凄いよね」と言ったら久々知くんはこれ以上ないくらい爽やかな笑みを浮かべ「君は話のわかる人だ」と満足げに教室をあとにした。…いま思い返してもほんとによくわからない時間を過ごしたと思う。そのあと友人からはお詫びのジュースを奢ってもらった。

その後目立った絡みはないと思う。…いや少し勉強を教えてもらったりはしたかも。まあそんな話は置いておくとして。



「なあ消費期限近いぞこれ」
「でも三割引きなんだよ」

スーパーの特売品コーナーで見つけた麻婆豆腐の素。在庫処分品で安くなるのがわかってるのに定価で買うわけがない。安けりゃいいのよ安けりゃ。あ、でもお腹を壊すようなものは食べさせないから安心して下さいな。

「食費そんなに貰ってないのか?」
「違う違う。逆に恐ろしいくらいあるから。…これは私の癖だね、うん」
「癖?」

両親が留守の間これを使えと、食費やら何やらを含めた生活費を現金にてもらってる。もらったときは結構な厚みを感じて驚いた。

そこでふと気づいた。私は母と二人、金銭面には厳しく生きてきた。だけど鉢屋三郎はどうだろうか。たとえ同じように父と二人だとしても今までの感じから私のような金銭感覚とは違うような気がする。簡単に三割引きとか自慢げに言ったけど面倒臭い奴って思われてやいないか?あれ、引かれたりしてないかな?うわ…それ嫌だな。なんか不安になってきた…

「さ、三郎…」
「ん?」
「わ、私さ、きっと貧乏臭いことばっかすると思うんだ。なんか嫌だなって思うやり方あったら言ってね。たぶん無意識なことも多いから」
「うん」
「たとえば消費期限が近いのが嫌ならやめるし、お風呂の残り湯で洗濯機回すのも考え直…」
「プッ」
「え?」

うん?どうしてか笑われてしまった。私結構真剣だったんだけど…

「いやいいよ。なまえに金銭は任せるし、俺は気にしない」
「え、任せた?が、頑張ってはみるけど。でも任せられるのは不安だから一緒に確認してそこは頼む」
「お前なぁ慌てすぎだろ」
「別に…慌ててなんか…」
「感覚の違いとかあるかも知れないけど、そんなのしかたないだろ。寧ろ無い方がおかしいっつうの」
「あだ!」

ゴッと私の額を突く鉢屋三郎。ちょ、いたいっす…。

「どっちかに合わせるとかじゃなくてちゃんと認め合う。こっから先の分担も決める!あれがダメだとか何か色々あるかも知れないが、楽しくいこう」

驚きの展開ばかりだけどこの偶然をマイナスにもっていくなんてバカげてる。折角なんだと鉢屋三郎は言った。

「俺達は家族だ」

真っ直ぐに私を見る。にっと笑う姿はやけに様になっていてチクショウと思うくらいだ。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -