(鉢屋視点)
金曜日の夜。こんな日はもちろん全員で金曜ロードショーを見るに決まってる。
今日の映画はシフリの名作“百と百恵の神隠し”だ。目の前の画面の中ではやたら壮大な音楽を背景に百恵が涙を流しながらバクと手をつないで落下している。ちなみに先ほどバクのニギなんちゃらという長い長い本名が百恵の脅威の記憶力により判明した。なかなか感動的なシーンだ。横にいる名前も「おぉ」と小さく感嘆の声をあげている。この際、兵助の「バクの体は絶対豆腐でできてる」という呟きは華麗にスルーさせていただくことにする。
百恵とバクが地上に降り立ち、百恵が熱湯婆々の課題をクリア。そしてバクと手を繋いで走り、親と合流して映画終了。
名前はこの映画が好きらしく、終わってもなお余韻に浸っている。と思えばふと思い出したように兵助を見つめる。なぜ兵助なんだ。気に食わん。
「久々知さん」
「なに、名前」
「…久々知さんって川の神様なんですよね」
「ん…?」
あ、もしかして
「久々知さんの知り合いにニギハヤミコバクヌシさんっていましたか?」
二次元と三次元がごちゃ混ぜになってる名前もかわいいマジてへぺろなんて思ったりなんてしてない。断じて。っていうか名前の現在の頭は深夜仕様に違いない。深夜名前かわいい。や、いつだってかわいいが。でもシフリはシフリ、俺たちの世界は俺たちの世界なんだ。兵助だってわかってるはず…
「いるよ」
「本当ですか!?」
コイツ、名前の気を引きたいがために特大の嘘を吐きやがった!誰かツッコめよ!と思って周りを見渡したら起きてるのは俺と兵助と名前だけだった。他は寝落ちしてやがる。これは俺が名前のとんでもない勘違いをどうにかして修正しなければならないってことか。
「おい、名前」
「なあ三郎。俺の友人だもんなぁニギハヤミコバクヌシ」
「…あ、あぁ」
無理!何だあの有無を言わせない感じ!見たことねぇよ兵助の友達のニギハヤミコバクヌシなんて!あんなおかっぱ頭いねぇよ!そんな俺の気持ちを全く知らない名前は「久々知さんすごいです!」なんて言ってる。すごいのは兵助じゃなくて兵助の嘘のスケールだ!よくそんな神を捏造できるな!
「…え?会ってみたい?」
「はい。あ、別に無理だったらいいんです。でも、ずっと好きだったから…」
は?好き?そんなの許さな…
「許さないよ。」
「は、」
「名前が俺たち以外のことを好きって言うなんて」
急になんか降臨してきた!
「いや、ちょっ、待ってくださ」
「いないから」
「え、」
「バクとかいないから」
しかもこのタイミングでカミングアウト!
「ねえ名前、俺以外の川の神なんて必要?」
「え、い、いや、」
「だったらいいでしょ?」
そう満足げに言うと兵助は座っていた名前の太ももに頭を乗せ、寝始めた。「ネタだったのに……」とつぶやく名前に心の底から同情する。