02
零れそうになる涙を抑えながら父さんを見つめる。そんな私を見て父さんは満足そうに口元を緩めた。

「さっすがオレと母さんの娘!そう言ってくれると思ってたよ。よかった。じゃあ決まったなら早速契約しなきゃ。昆奈門、よろしくー」

父さんがそう言うと、どこかからか『妖使いの荒い男だ』と低い声がした。周りを見渡しても誰もいない。こ、恐ああああっ!

「と、ととと父さん!今の、今の誰!?」
「大丈夫。あれ父さんの契約した奴だから恐くないよ」

すごいな父さん。あんな恐い妖怪と契約してるのか!私と契約する妖怪があんなに恐いのだったらどうしよう…。うーん、頼もしいだろうけど気が重くなってきた。
ただ、どっかで聞いたような声のような気がするんだけど…そんなはずないよね。妖怪に知り合いなんていないもの。

「ほい、じゃあこっちおいでー」
「は、はい」

父さんに呼ばれて隣の部屋に行くと、いかにも儀式!といわんばかりの真っ白い部屋にお札に蝋燭に大きな鏡の数々。正直不気味だ。

「そこ座って」
「はい…っ!?」

言われたところに座ると、突然目の前の鏡が光った。あまりの眩しさにぎゅっと目をつぶると、いつの間にか周りのものが何もない世界に変わっていた。

「うわああ!?なにこれ、ここどこ!?父さん!父さん!」

いくら叫んでも私の声が響くだけで他には何一つ音がしない。さっきまで父さんと話していたはずなのに。恐くなってその場に座り込んだ。また泣いてしまいそうになる。

『あー、もしもし。聞こえるかの』

突然どこかから声がする。先程から驚きすぎて言葉も出てこなくなっていたが、そのまま辺りをきょろきょろと見渡す。しかし誰もいない。また父さんと契約したような妖怪だろうか。震える声を絞り出す。

「誰ですか…?ま、また妖怪?」
『いかにも!わしはその妖怪たちが通う学園の学園長じゃ!』
「学園長?じゃあ貴方が契約の…」
『その通りじゃ!遅くなってすまんの。ちょっと事務のほうで手違いがあったんじゃ』

妖怪の学校にも事務ってあるんだ…。
話しながら若干震えが収まってきているのを感じた。話し相手は妖怪なのに不思議だな。なんだか安心する。

『それじゃあ早速契約する妖怪たちについて考えるかの。…して、お前はどんな力を望むんじゃ?』
「どんな力?」
『すべてを焼き尽くす焔、薙ぎ払う水…』
「いやいやいや、そんな怖すぎる力とかまじで無理なんですけど!そんな方々来たら泣きます!」

な、なんて過激なんだ。流石妖怪の学校。頼もしいには頼もしいが一緒にやっていける気がしないよ。

『ふぉっふぉっふぉっ、これはこれは。今回の観寺の巫女は面白いお嬢さんじゃ。仁も愉快な娘を持ったのぉ』
「いや…全然そんなことはないです…」

生きるか死ぬかなんで。しかもかなり贅沢なこと言ってます。すいません、なんだか注文が多くて。


『ふむ、そんなお嬢さんにはわしからの特別な思いつきをやろう』
「…は?」

思いつき?
正直あの父と暮らしてきて、思いつきという言葉にろくな中身がないことは十分承知しているのですが。ほら、嫌な予感しかしない!

『ちょうどお主と契約したがってるのがおってな。それで決定しよう!』

なんだと!?

「ま、待ってください!それ怖くないですよね!?つか私のこと食べませんよね!」
『大丈夫じゃろ。本人直々の申し出じゃし、お主を食べたりはせんよ』
「私と契約したい時点で怪しさ無限大ですよ!つか食べられたらやってらんないんですよ!」
『えーい!わしの可愛い教え子達を信用せんか!とにかくこれは決定じゃ!娘、お主の名を述べよ!』
「ひぇえ、観寺市子ですぅう!!」
『よろしい、では観寺市子。契約するか?』
「し、します!します!…って、え?」

いきなりの剣幕に思いっ切り頷いてしまった。なんてチキンなんだ、私!
というか契約?今、契約するって言った?

『よーし、契約成立じゃあ!!』
「嘘だあああ!!」

叫んだもののその声は再び起きた眩しい光に飲み込まれてしまった。
最悪だ、最悪にも程がある。
私は目を閉じながら、契約してしまった妖怪が恐くないことだけを祈っていた。

***

再び目を開けるといつもの部屋に戻っていた。父さんは違う部屋に行ったみたいだった。『頑張って☆』という無駄にイラッとする書き置きがあったけど、それは捨てた。

「ふう…」

疲れたー、と伸びをするとあちこちから音が鳴る。固まってるなこれ。
ばきばき言ってるし、なんかあっちの方でドカンとか痛っ!とか聞こえるし…………ん?今何て言った!?

「いったたたー。お尻ぶつけた」
「勘右衛門大丈夫?」
「ふははっ、ださっ!」
「こら三郎!ってあれ?市子ちゃんは?」
「あ、いた!おーい、市子!」

おかしいな。なんか知らない男の声がする。あまりにもナチュラルに会話を続け、しかも私の名前まで読んでいる。いや、これは振り向いちゃだめだ。ぜ、絶対なにもいない!そう思い込もうとする気持ちとは裏腹に身体は勝手に後ろを見る。

「「「「「市子(ちゃん)!!」」」」」
「!?」

そこにいたのは狐が二匹と狸と犬(といってもなんかそれぞれサイズがおかしい。大きすぎる)と龍(龍ってなに!?)だった。すごく冷静に考えているけれど、あ、これはやばい。恐いし多いし。つかなんでいるの?これ完全に喰われるよね。ダメだ、キャパオーバーだ。涙が出てきたし眩暈がしてきた。


−−−市子っ!市子ちゃんっ!


あれ、この声たち、どこかで聞いたことある。いったい誰だったかな。
頭の奥から沸き上がる懐かしさと、サーッと血の気の引いていく音を感じながら、私は意識を手放した。



prev next
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -