18
相変わらずずるずると鉢屋さんに引きずられたまま進んでいく私。
そろそろ授業も半分終わるかな、という時間になってきた。これ不破さんと竹谷さんに後で叱られたりしないよね。やめてほしい、私悪くない。悪いのはこの目の前の狐の妖怪なんです、だから私は悪くな…

「おい」
「うぎゃあ、調子のりましたです!!」

考えるのに夢中になっていたのでまったく気づかなかった。
しかしいつもならここでバカにしたよう返答がくるはずなのだがそれがない。なんだか鉢屋さんの様子がおかしいような気がして首をかしげると、いきなり彼の頭からバサッと狐の耳が現れて揺れた。

「!? は、鉢屋さん!?」
「黙ってろ」

鉢屋さんの険しい顔に思わず手で口を覆う。なんだ?そんなに怒らせたのだろうか。
そんなことを考えているとあっという間に私は鉢屋さんにすぐ近くの教室に放りこまれた。なんだなんだ!?あとお尻いたい!

「いいか、絶対ここから動くなよ。この教室から出るな」
「え?」
「死にたくなきゃ出るな」
「ぜ、絶対出ません!」

私のその言葉を聞いて、鉢屋さんは満足そうに口元を緩めた。しかし次の瞬間には再び真剣な顔に戻る。耳と尻尾をぴんとまっすぐ伸ばしている。瞳は金色にぎらぎらと輝いていた。そのまま鉢屋さんは扉を閉めると何か呪文のようなものを呟き、今私たちが歩いて来た方向へと駆け出して行った。
いきなりの急展開にいまいちついていけていない私だが、死にたくなきゃ出るな。という鉢屋さんの言葉によくない展開だということだけは理解していた。
そう思ってしまうとこの教室もなんだかすごく怖く感じてしまう。時計のカチカチという音と私の呼吸音しかしない教室はやはりすごく不気味だ。

「嫌だな…はやく帰ってくればいいのに…」
「ほう?なぜだ?」
「なぜってそりゃ…え?」

今、私は誰と話した?
先ほど教室には私しかいなかったはずだ。その証拠に鉢屋さんは何も言わなかったし、自分でも誰もいないことを確認している。
心臓がバクバクと音を立てる。冷や汗が浮かぶ。怖くて後ろを振り向けない。恐怖でがちがちに固まる私。謎の声の主は「はっ」と小さく息を漏らした。というか今私これ鼻で笑われたよね?怖いんですけど!耳をふさいで目を閉じれば私の木のせいで終わるだろうか。もう結構怖くて泣きそうだからお願いです、気のせいであってください…!!

「それは出来ない相談だな」
「ひっ!」

頭を引っ掴まれて耳元でささやかれた。もうだめだ。食べられる。

「阿呆か貴様は」
「いたっ!」

スパーンと小気味いい音を立てて私の頭に衝撃が走った。そのままぐいっとその原因である声の主のほうへと強制的に向けられる。するとそこには、なんというかとんでもない美人さんが立っていた。
久々知さん系統の美人顔。でも声の感じからして男の方だろう。まあ私も声を聴いていなければ女の人だと思ってしまうくらいには綺麗な顔立ちをしていた。まあちゃんと見れば髪が短いのだけれど。

「えと、人間…ですよね?」
「何をふざけたことを言っている。この格好のどこをどう見たら人外に見えるんだ?ん?」
「す、すいません」

確かに彼はどこからどう見ても人間だ。しいていうなら美人すぎるだけ。格好もうちの学校の制服。ネクタイが緑ってことは先輩か。

「サボりとは関心せんな」
「先輩だってサボりじゃないですか…」

そういうと先輩はぱちくりと目を瞬かせた。私なにかまずいこといっただろうか。
私がぎくりと身をこわばらせると先輩は愉快ように笑った。

「ほう。ただのビビりな小娘かと思ったが変なとこで面白い」
「それ褒めてます?」
「褒めてるさ。面白かったからもう一つお前に教えてやろう」
「なにをです?」

そう言うと先輩はにやりと笑った。

「この学校の七不思議、調べたほうがいいぞ」
「七不思議…ですか?」

正直そんな怖いものには関わりたくないんですけど。そんな私を知ってか知らずか先輩は調べろ、ともう一度念を押してきた。この先輩楽しんでないか…!?
どういう理由かを聞こうとした瞬間、先輩が扉の方を向いた。

「おっと、お迎えが来たようだな。時間切れだ」
「え」
「市子!!無事か!」

バンッと大きな音をたてながら扉を開けてきたのは鉢屋さんだ。軽く息があがっているあたり結構急いできてくれたんだな。って…!

「鉢屋さん耳!狐耳隠して!」
「あ」

慌てて鉢屋さんのもとへ駆け寄り、狐耳を先輩から見えないように隠す。

「あ、じゃないですよ。先輩に見られたら…」
「先輩?」
「いるじゃないですか、そこに!」

くるりと先ほど先輩がいた場所を振り返る。しかしそこには誰もいない。

「………え?」

じゃああの先輩は、一体なんだ?
ぐらぐらと混乱に比例して揺れる視界。
泣きそうになる私を笑うかのように、どこがで小さく猫の声がした。


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