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「は、鉢屋さん…っ!速い!」
「ん?ああ、すまん」

そう言うと鉢屋さんはぴたりと止まる。止まってくれたのは嬉しいのだが、あまりにも急に止まられたせいで鉢屋さんの体に顔が思いっきりぶつかった。…うう、痛い。思わず顔をしかめる。

「痛たた…」
「なにやってんだ」
「急に止まらないでくださいよ!」
「お前がトロいのが悪い」
「…」

ツン、とした鉢屋さんに対して「うう、腹立つ!」と思いつつも怖いのでなにも言わないでおく。鉢屋さんの目つきは恐すぎる。知らない間に1階に降りてしまった。チャイムはとうに鳴ってしまって、今はもう授業中だ。見つかったら洒落にならない。お説教のち反省文コースだ。1年生が昼までに帰ってくれているのが唯一の救いだった。あーもー、鉢屋さんめ!

「じゃ、案内よろしく」
「はあ…仕方ないですね…」
「っ!」

どうせ何を言っても聞かないだろうし、こうなりゃ自棄だと鉢屋さんの手を引く。振り払うのはもう諦めた。
鉢屋さんの身体が一瞬強張ったがそのあとは大人しく着いてきたので気にしないことにする。うん、無理矢理引っ張っておいていきなり大人しくなられるとちょっと不気味だけど。

「こうなったら絶対見つからないでくださいよ」
「…オレはそんな間抜けなことしない。見つかるならどう考えても市子が先だ」
「鉢屋さんはいつも意地悪ですね!」
「大きな声を出すな。見つかりたいのか」

ジロリと鉢屋さんが私を睨む。やっぱり目つき悪っ!ただでさえ怖いんだからやめてほしい。

「とりあえず、ここが1年生の教室ですね。あっちがトイレで、反対に曲がると生物室と科学室」
「市子のクラスはどれだったんだ?」
「私は1年3組でしたね」
「よし、行くぞ」
「え、ちょっと!?」

今度は鉢屋さんが私を引きずる。そのまま1年3組の教室の扉を開け、ずかずかと入っていく。私の慌てる声なんて無視だ。

「内装はあんまり変わんないな」
「…まあ」
「市子の席はどこだったんだ?」
「えっ…、えーと」

私は窓側の前から三番目の席に鉢屋さんを連れていった。ここですよ、と言うと鉢屋さんはそのままその席の隣に座る。なにをしてるのかと思うとそのまま彼は私に隣に座るように促した。手を繋いだまま(離してもらえなかった)席に座るってなんかシュールだなあ…。そんなことを考えていると、ぽつりと鉢屋さんが口を開いた。

「同じだったらよかったのにな」
「は?」
「それだったら、ずっと一緒にいられたのに」

呟くような、自分に言い聞かせるような不思議な声色。しかし真剣な目の鉢屋さんに、何故か私の心がざわつく。同じってなにが?クラス?いやでも鉢屋さん今私とクラス一緒じゃないか。じゃあ一体…

「ふはっ、間抜け面」

考えこんでいるとケタケタ笑う鉢屋さんの声。こ、この人は…!

「な!またそうやって!」
「冗談だよ。市子は可愛い」
「へ!?」

がらりと雰囲気を変えて鉢屋さんが私の手をさらに強く握る。突然の褒め言葉に驚いていると、途端に意地悪な顔に変わりにやりと笑う。これは…からかわれたっ!

「鉢屋さん!」
「なんだ」
「ひっ、やっぱりなんでもないです!」

うん、反論やめた。恐い。
人間長いものには巻かれたほうがいいと思うの!うん!この場合は何が長いものかまったくわからないけどね!

「市子」
「はい!?」
「ビビりすぎ。ほら、次行くぞ」
「へ?もういいんですか?」

私の問いを無視してぐいっと私を引っ張る。なんだか私ばっかり振り回されている気がする。まあ実際気じゃなくて振り回されっぱなしなんだけどさ。ずんずん私の手を引いて先に進む鉢屋さんの背中を見つめる。教室でやけにシリアスな空気を放っていた人とは別人みたいだ。結局あの空気の理由はわからなかったけど、あの表情はやけに心に残ったのだ。
私はその表情の意味を知っているような気がして。

「ぼけっとすんな、馬鹿市子」

まあ、この意地悪な鉢屋さんからは全然心に来るものはないんですけど!(恐いから言わない)本当別人だよな…。あーあ。

「いつもああなら鉢屋さんかっこいいのに」
「!?」

ぼそっとそういうと先程と同じように鉢屋さんの動きが止まる。なんだ?と思い、今回は鉢屋さんの顔を見る。すると。

「い、いきな、いきなりかっこいいとかなんだよ!」

なんと鉢屋さんの顔は真っ赤に染まっていた。あれ、鉢屋さんって…

「案外可愛い人なんですね…」
「うるさい!」

行くぞ!と私の手を先程より強い力で引っ張る。怒らせちゃったかな、と思いつつも、鉢屋さんの隠しきれていない耳の赤みを見つけて、思わず私はくすりと笑ったのであった。


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