01
あれから月日が立ち、今ではすっかり男装も様になったと思う。
幸運なことに今まで一度も男装がばれたことは無い。運も実力のうちということで私は今日も平和に暮らしている。

「篠田先輩!!」
「…早速平和が乱された」

あわてて部屋に飛び込んできたのは五年の竹谷八左ヱ門だった。同じ生物委員会の後輩。常にボサボサ頭が特徴の面倒見がよく、私の不在中にも後輩の指導や生物たちの世話をしっかりやってくれている頼りになる男だ。

「平和が乱されたって…」
「私がせっかく惰眠を貪っていたというのにいきなり飛び込んでくるんだ。平和乱されまくりだろう」
「それどころじゃないんですってば!」

あまりのあわてように嫌な予感がする。いつものあれじゃなければいいんだが。

「ジュンとネネが逃げました!」
「うわあ、やっぱり!」

やはりいつものあれ、生物の脱走だった。今回逃げたのは毒蛾の二匹らしい。孫兵のペットとはいえ世話をしているのだから見捨てておくわけにはいかない。
ため息がこぼれそうになりながらも今頃涙目であろう孫兵を思い浮かべる。

「で、他の子たちは?」
「全員学園中探し回ってます。オレは先に篠田先輩に報告しに来ました」
「ん。ありがと」

くああと欠伸をかみ殺す。こんなに眠くなるなんて同室のあいつの睡眠好きが私にも移ってしまったのだろうか。
寝起きで若干重たくなっている体を引きずり、机の引き出しの奥のほうから目当てのものを探し出す。

「あった。ほい、竹谷」
「なんすかこれ」
「香だよ。いつも渡してただろ」
「ああ!ずいぶん前になくなったんで忘れてました!」

私が学園長のお使いを頼まれるときはいつも大量に脱走した生物捕獲用の香を作って竹谷に渡すのが恒例となっていた。前に出かけたときは長くなるからといつもより多めに渡したはずなんだが。なんだか竹谷の笑顔がくたびれたように見えた。
やはりいい加減留三郎に無理やりにでも時間を作ってもらうしかないな。

「とりあえずその香はいつものように小屋の前と長屋の近くで何か所かに小分けにして焚きな。私はこっちの虫よけの香をくのいち教室の方と門のとこに置いてくるから」
「はい!き、気を付けてくださいね!」
「ははは、くのいち恐いもんな。心配してくれてありがと」
「いえ!じゃあ行ってきます!」

にかっと見ていて気持ちのいい笑顔を浮かべた竹谷は急いで部屋を出ていった。それでも足音が鳴らないところは流石である。後輩の成長を見つけるのはいつでも嬉しいものだ。

「さーて、行くか」

この香と竹谷に渡したものは帰ってきてすぐ伊作と共同開発した特別性だ。あいつの薬学の知識は随分と役に立つ。迷惑をかけないほうがいいとなるべく無臭に近いものになるよう知恵を貸してくれたしありがたい限りだ。
とりあえず門の前に焚く香は吉野先生に預けて、私はくのいち教室のほうに行こう。驚いたくのいち達にうっかり彼らを殺されては適わない。上級生の学級委員長の彼女に頼めばなんとかしてくれるだろう。竹谷は心配してくれたが実は彼女は数少ない私の友人だ。よって安全は保障されている。まあもちろん性別のことについてはばらしていないのだけど。

「お邪魔します」
「あら椿。あなたが来るなんて珍しいですねぇ」
「嬉しいだろ」
「うふふ。どうせ虫が逃げたんでしょう?」
「あはは。大当たり」
「しっかりしてくださいね、うっかりさん」

そういいながらも彼女はしっかり香を焚いてくれた。言うことにさらりと棘はあるが基本的に彼女は優しい。ありがたいな。
そんなことを考えていると遠くで竹谷が「篠田先輩ー!」と私を呼ぶ声がした。
どうやら見つかったらしい。あー、よかった。
「次はないですわよ」という手厳しい彼女の声を背後にしながら私は可愛い後輩たちのもとへと駆け出した。


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