5.言語
おうるを開いてる部屋に連れていってしばらく。
日もすっかり落ちて(地下だからあまり関係ないんだが)、ビールでも飲もうかとか考えていたら、ドアを叩く音がした。
ドアを開けると、ドアの開け方を考えていたのか背伸びしたりつついたりしているおうるが居た。
ドアが開いてびっくりしたものの、リンドウを見てにっこり笑った。
「リンドウ!」
「おうるか・・・どした?」
目線を合わせるように少し屈んでやる。
そんなに著しく子供って訳ではないのだが(高校生くらいではあるよな)、言動が子供なのでつい、そういう扱いをしてしまう。
おうるは少し困った顔をした。
「ひとり、いままでない。かなしいな」
「そういうのはな、悲しいっつーか、寂しいって言うんだ」
「さびし・・・だな?」
「そうそう。まぁ入れよ」
ドアの前から避けてやると、おうるは顔を綻ばせて中に入ってきた。
ぐるっと見回し、ハメコミの景色を見て歓声を上げた。
「おー。たいよう!」
「偽物だけどな」
「・・・あったかくない?」
「そうだ」
ぶー、と少しつまらなそうに口を尖らせていた。
それから、目に止まったものを色々見て回る。
"これ、よくおちてる"とか"へんなのー"とか言いながらウロウロ。
リンドウがしばらくソファに座って様子を見ていると、おうるがトコトコ戻ってきた。
手には本。
ソファに座るというより乗っかってきた。
「これ、何?いっぱいある」
「本?」
「ほん?」
「こういうのは本って言うんだ」
「うーん、こっち、これ。いっぱいある。いっぱいあるー」
不満そうな彼女が指さしたのは、本自体というより。
「・・・文字?」
「もじー!」
「・・・読めるようになりたいか?」
聞けば、彼女は嬉しそうにバタバタしていたのをぴたりとやめた。
こちらを見上げて首を傾げる。
「よめる?」
「文字を喋れるようになることを、読むって言うんだ」
「よむー!」
やったー、というようにはしゃぐ。
知識が少ない分、知る事が楽しくてしかたないのだろう。
ぱらぱら捲りながら、でもむずかしーだねーと呟いている。
「そうだなぁ、俺達は催眠術みたいな方法で覚えたから教えるっていうと難しいな」
「?」
「じゃあとりあえず、ひらがなから行くか」
「ひらがなー」
「ちょっと待てな」
とりあえず紙とペンを持ってきて50音順に文字を書いていく。
ただ書いていても退屈させるかと思い、読み上げながら書く。
おうるは一生懸命じーっと書かれていく文字を眺めて・・・瞬きしてる、のか?
「ん、よし、これで全部だな」
「あいうえおー、か!おもしろ?」
「面白いか」
「おもしー」
「楽しいか?」
「たのしー!うれし、おなじ!」
ニコニコ笑って楽しそうに答えた。
何度か、これは?と聞いたりしたものの、すぐに覚えてしまったらしい。
ついでに同じ方法でカタカナを書いてやると、これまたすぐに覚えてしまった。
どれを当てても答えられるようになってしまった。
これはどうにも、
「飲み込み早いなぁ・・・」
「ふふー」
おうるは自慢気に笑ってみせた。
リンドウが頭を撫でると、ごろごろと小さく喉が鳴ったので少し驚いた。
「でももう遅いから寝ようぜ。戻れるか?」
「あのツメタイ、もどる?」
さっと顔色が変わって、表情が固まる。
無表情にこちらを見上げる目が少し恐いくらいだ。
もっと寂しそうなとか、切なそうな顔をするなら分かるのだが・・・。
「嫌か?」
「おとーさん、いつもイッショ。ユキでもあったか。ヒトリさびしーな」
言いながらようやく表情が戻ってきた。
少し泣きそうにさえ見えてくる。これでは放っておけない。
「・・・サクヤのとこ行くか?」
おうるはブンブン首を振って、おこられた!こわいーとか何とか。
「ソーマかリンドウがいい!ソーマどこ?」
そうか、俺が部屋まで連れて行ったから俺の部屋以外知らないのか。
でもソーマはな・・・一緒に寝るどころか蹴り出しそうだしな。
もしくは、ベットだけ貸してどこか行きそうだ。
優しいところはあるんだが、いまいち不器用だからどうなるかわからん。
「ソーマのとこはとりあえずやめとけ。また明日だ」
「えー」
「俺が添い寝してやるから。な?我慢だ」
「そい?ね?・・・あったか?」
「そう、あったかい」
「じゃあガマンだー」
おうるが嬉しそうに笑ってぎゅっと抱き付いてきた。
さっきも思ったが、凄く細いんで、骨とか大丈夫なのか?と思ってしまう。
とりあえず受け止めておく。
「寝るんだろ?ベット行くぞ」
「べと?」
「寝るとこ」
「す、か?」
「・・・巣?いや、巣はこの部屋だな」
「うむー、むずかしーな」
「ほら、お前さっきまでずっと寝てただろ?あれ」
「これかー。ふかふかー」
ばふっと白いシーツに寝転んでばたばたするおうる。
・・・なんだかなぁ。そんなに綺麗じゃないんだぞ?色んな意味で。
「おやすみリンドウ!」
言ってくるりと丸くなる。
何か動物的なんだよなぁ・・・とか思いながら横に潜りこんでシーツをかけてやった。
とりあえず寝付くまでは一緒に居るとして、その後どうすっかなぁ・・・
サクヤに見つかったら俺が怒られそうだな・・・
とか思いつつ、幸せそうに目を閉じているおうる見て、なんとなく自分も目を閉じてしまった。
「おやすみおうる」
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